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月あかり
つきあかり
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「文藝春秋 第十二巻第四号」文藝春秋社、1934(昭和9)年4月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-11-21 / 2014-09-21
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 このごろ私は、ときどき音取かくからの手紙(代筆)を貰ふので、はぢめてその音取といふ苗字を知つた次第でありますが、それまではその人の姓名は怒山かく――かとばかりおもふて居りました。ところが怒山といふのは、その人の村の名称だつたのです。左う云へば人々は、その人のことを怒山のおかくと称んでゐたのに気づきました。また、おかくに限らず町の人達は、それらの村の人々を区別するには苗字の代りに村の名前を用ひてゐたとうなづかれます。ともかく私は、この頃その人からの手紙を貰つて、音取かく――と見る場合妙なぎこちなさを覚えるのです。それも定つて音取とあるわけではなく、音頭となつたり音田であつたり、雄鳥と変つたりするのです。おかくに会つて、私が苗字を訊ねて見ると稍暫く呆然とした後に、
「おんどる……だな。」
 と答へるのですが、るが、りなのか、また他のものか決して聞わけ憎いのであります。字は訊ねても無駄なのです。怒山といふひゞきの方が、明瞭であるためか、習慣のためか、いかにもおかくの風貌風姿に適はしくて親しみが多いやうにおもつて居りましたが、やがて、おんどるなのかおんどりなのか判然としないのも気にならなくなりました。その山奥の小さな村では、苗字なんてものはほんとうに要もないものだつたのです。郵便なんていふものを受けとる人は村中にひとりもないといふところなのですから――。私のゐる寄生木も隣りの怒山も、その他五つの字名の小区域と共に竜巻村といふものゝ中の小字であり、俗称であつて、登録された名称ではないのです。
 おかくは代筆された手紙を自分で私のところへ携へて来るのですが、その内容はいつもきまつて意味が曖昧なのです。
「一体、ぶくりんの名前は何といふんだね。」
 文中に、倅柚吉とあつたり、柚七となつたり、柚太であつたりするので、また私が左う訊ねても、やはりおかくの返事は烏耶無耶なのであります。
「ぶくりんが何うも悪さばかり仕でかして……」
 おかくは左う云ふだけなのです。ぶくりんといふのは、おかくの倅の仇名なのですが、仇名より他の名前を知る者は誰もゐないのであります。ぶくりんといふのは何ういふ意味なのか、凡そ字義からは忖度の出来ぬ、わけもない単なる語呂であるのでせうが、いつも憤つてゐるのか不平満々なのかわからぬ気の青ンぶくれで、憤つてゐるのかと察すると左うでもなくて、そのまゝの表情で喉の奥にわらひ声などをたてる片目のおかくの倅の風貌は見るからにぶくりんなのです。これは何もぶくりんに限つたわけではなく、何故かこのあたりでは古来から大概の男は仇名の方が有名で、いつの間にか当人でさへも自分の本名を忘れてゐる者さへ珍らしくありません。ぶくりんで連想するのは代書業のぐでりんです。私も無論未だ彼の本名は知らぬのでありますが、彼の様子は打ち眺めたところ別段に際立つてぐで/\してゐるといふわけでもな…

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