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剥製
はくせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「文藝春秋 第十二巻第八号」文藝春秋社、1934(昭和9)年8月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-11-03 / 2014-09-21
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



“I chatter, chatter, as I flow
   To join the brimming river,
 For men may come and men may go,
   But I go on for ever”
 ………………
 うたでもうたつてゐないと絶え入りさうなので、私はあたりの物音を怕れながら、聴心器のゴム管で耳をおさへ、自分で自分の鼓動に注意するのであつたが、やがては川の流れの無何有に病らひもなく夢もなく消えてしまひさうだつた。
 長い間のあらくれた放浪生活のなかで、私の夢は母を慕ふて蒼ざめる夜が多かつた。母の許へ帰らねばならぬと考へた。
 私は心悸亢進症の患者であつた。その回復を待つて出発のつもりなのに、それらの蒼ざめた夜の圧迫は、その症状に嶮しい拍車をかけて止め度がなかつた。
 私は傴僂の格構で、空々しく、鳥の標本をつくるより他に能がなかつた。
 池のふちで気たゝましい鵞鳥の悲鳴と同時に銃声が響きわたつたので、私は拵えかけの鳥の剥製を抱えたまゝ窓から乗り出して見ると、唱(妻)が川縁の猫柳の根元を狙つてゐた。
「当らなかつたの?」
「…………」
 唱は見向きもしなかつた。鼬の襲来が頻繁で、彼女の飼鳥は屡々命を奪はれた。鼬は鳥の血をすゝつて、亡骸ばかりを棄てゝ行くのであつた。私はいつもそれを拾ひあげて剥製につくつた。私の本棚には一冊の書物もなくなつて、鵯、山鳥、カケス、鶫、雉、鵙、雀、カハセミ等の標本が翼を並べた。本棚にも並べきれなくなつた木兎や鴉や鶏、鵞鳥の類ひが床の上に群がつて、脚の踏場もなかつた。唱は、カスミ網や黐で小鳥を獲つて、鶏小屋の隣りに雑居の小屋を建てた。鵙は止り木に縛つて桑畑の縁に立て、トキをつくらせると仲間が降りて来て黐にかゝつた。木兎と鴉の巣は水車番の柚太が探してきたものだが、唱は子鴉を育て、木兎はその肩にとまるほど狎れてゐた。子鴉は水仕事をする唱のあとを鵞鳥達といつしよに追ひまはしてゐた。山鳥、鵯、雉等は柚太が打つて来るのだが、私は肉食を執ると動悸が激しくなるからと拒んで、自分のわけ前だけを標本に造つてゐた。
 柚太は左が義眼であつて、狙ひをつける時にも決してそれが閉ぢられぬのを何故か非常にきまり悪るがつて、他人の傍らでは決して鉄砲を執らぬのである。鼬おどしに空砲を打つて呉れと唱が頼むのだが、それさへあかい顔をして柚太は諾かなかつた。唱は柚太の旧式のライフル銃に実弾を装填して、小鳥共の仇敵を狙つてゐたが、不意を打たれた私が病ひの部屋で仰天するであらうことをおもふと、気遅れがしてならぬと滾した。――然し私は、鉄砲の音には驚かなくなつた。私は、返つて鼬に斃される鳥の亡骸を待つてゐた。
「また、やられたな。敵は、まんまと退参か――。それはもう駄目だよ。こつちへほうつてお呉れよ。」
「爪にかけられた…

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