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「罪と罰」の殺人罪
「つみとばつ」のさつじんざい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「明治文學全集 29 北村透谷集」 筑摩書房
1976(昭和51)年10月30日
初出「女學雜誌」1893(明治26)年1月14日
入力者石波峻一
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-09-25 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 不知庵主人の譯に成りし罪と罰に對する批評仲々に盛なりとは聞けるが、病氣其他の事ありて余が今日までに見たるは僅に四五種のみ、而して其中にも學海先生が國民の友に掲げられし評文は特に見目立ちて見えぬ。余は平生學海居士が儒家らしき文氣と馬琴を承けたる健筆に欽羨するものなるが、罪と罰に對する居士の評文の餘りに居士を代表する事の多きには聊か當惑するところなき能はざりし。
 居士は、人命犯には必らず萬已むを得ざる原因ある事を言ひ、財主の老婆が、貪慾を憤ふるのみの一事にして忽ち殺意を生ずるは殺人犯の原因としては甚だ淺薄なりと言ひ、而して自ら辨じて言はるゝは、作者の趣意は、殺人犯を犯たる人物は、その犯後いかなる思想を抱くやらんと心を用ひて推測り精微の情を寫して己が才力を著はさんとするのみと。再び曰く、その原因の如きはもとより心を置くにあらずと。末段更に、財主の妹を殺したる一條を難じて「その氣質はかねて聞たる正直質樸のものたるに、これをも殺したるはいかにぞや………さてはのち我にかへりて大にこれを痛み悔ゆべきに、」云々と言はれたり。
 余は學海居士の批評に對して無用の辨を費やさんとするものにあらず、右に引きたるは、居士の批評法の如何に儒教的なるや、いかに勸善懲惡的なるやを示さんとしたるのみ、居士には居士の定見あり、そを評論せんは一朝一夕の業にはあらじ。
 余は「罪と罰」第一卷を通讀すること前後二囘せしが、その通讀の際極めて面白しと思ひたるは、殺人罪の原因のいかにも綿密に精微に畫出せられたる事なり、もし或兇漢ありて或貞婦を殺し、而して後に或義士の一撃に斃れたりと書かば事理分明にして面白かるべしと雖、罪と罰の殺人罪は、この規矩には外れながら、なほ幾倍の面白味を備へてあるなり。
 一醉漢ありて酒毒の爲に神經を錯亂せられ、これが爲に自殺するに至りたる事ある時は、彼は酒故に自殺したりと言ふを躊躇せざるべし、酒は即ち自殺の原因なり。一頑漢ありて、社會の制裁と運命の自然なる威力に從順なる事能はず、これが爲に人には擯けられ、世には捨てられ、事業を愚弄し、人間をくだらぬものとし、階級秩序の如きをうるさきものとし、誠愛誠實を無益のものと思ひ、無暗に人を疑ひ、矢鱈に天を恨み、その極遂に精神の和を破りて行ふべからざる事を行ひ自ら知らざる程の惡事を爲遂ぐる事あらば、其惡事例へば殺人罪の如き惡事は意味もなく、原因も無きものと云ふを得べきや、之を心理的に解剖して仔細に其罪惡の成立に至までの道程を描きたる一書を淺薄なりとして斥くる事を得べきや。
 殺人罪は必らずしも或見ゆべき原因によりて成立つものにあらざるなり、必らずしも酬報の理論若くは勸善懲惡の算法より割出し得るものにあらざるなり、我が「罪と罰」一卷に見るところのもの全篇悉く慘憺たる血くさき殺戮の跡を印するを認むるなり、見よ飮酒は彼非職官吏を殺しつゝあるに…

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