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舞踏会余話
ぶとうかいよわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「文藝春秋 第六巻第二号」文藝春秋社、1928(昭和3)年2月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-08-14 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。――月のはじめに、月毎に催される盛大な祝宴です。一ト月の間で流れをせきとめるほど川ふちに溜る製材の破片を広場の中央に塚ほどに積みあげて四方から火を放ちます。そして山ぢゆうの男達が車座になつて遠まきにこれを囲んで深更に至るまで、飲め、歌へ、踊れよ踊れ! といふ大乱痴気の限りを尽すのです。――空さへ晴れてゐれば冬の真夜中であつても夏とも変りなく開かれますが、これは、もう峠の頂きに立つて国境ひの山々などを見渡すと霞みが低く濛つと煙るやうに棚曳いてゐた春になつてからのことです。あたりの森林帯もすつかり春めいて彼方此方の炭焼小屋から立ち昇る煙りまでが見るからに長閑らしく梢の間を消えてゆきます。
 午からの仕事が休みだつたので滝とNは、森を脱けて峠の野原まで花摘みに出掛けたのです。今夜は小屋の者は、男は悉く祝宴に列席するので、それにはNのコツクも加はることになつてゐたので滝は、たつた独りにならなければならないNのために小屋に止まつて二人だけの食卓を用意することにしたのです。宴会が半ば過ぎにならないと何処の女も其処へ出ることは許されないといふ風習があるやうでした。女達は夫々の小屋のうちでさゝやかな祭りを済せた後に、野の宴会の見物に出掛けるのです。だからNは、自分等の食卓を山の神様のために野花で飾らうと云つたのでした。
「斯んな風に打たなければならないんだが、容易いやうでこれで容易に呼吸が合ふやうに二つ続け打ちに鳴すのは六ヶ敷しいよ。」
「舞台裏でやるんだから関はないのでせうが、何うしてS――はそんなに神経質なんでせう、S――のその様子を見れば誰だつて笑はずには居られないでせうよ……危くないことが解つてゐるのに何故そんなに眼をつむつたりするの?」
「舞台裏? それを一つ探さなければなるまい、この打ち手は何うしても見物人には見せられない。」
 滝はピストルを握つた手を頭の上で怖る/\空に向けたまゝ未だ臆病さうな顔つきを保つてゐました。そして今度は大丈夫だと叫んで、また二つドカン/\と空砲を放ちました。食料小屋に現れる鼬を威嚇するために事務所に備へてある怖ろしく旧式な大型のピストルです。事務所には空弾より他にはありませんでした。
 Nは携へてゐた花を投げ出して、腹を抱へました。「その様子をカメラにとつて置きたい! タツ! まるで金槌で頭を叩かれる時のやうな姿をする!」
「予期が必ずしも……」滝は何か云ひ続けようとしたが、どんなに覚悟をしてゐても引金に指が掛からうとする段になると忽ち胸が塞る見たいになつて、思はず眼を瞑つてしまふ……これは他の何でもない、練習などに依つては何うすることも出来ない単なる素質なんだ――そんなことを思つて、神経質とか臆病とかいふ形容詞を自ら撤回しました。山に来てから休み日には屡…

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