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旱天実景
かんてんじっけい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「茨城近代文学選集Ⅱ」 常陽新聞社
1977(昭和52)年11月30日
初出「早稲田文学」1926(大正15)年8月
入力者林幸雄
校正者富田倫生
公開 / 更新2006-01-05 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 桑畑の中に、大きな葉をだらりと力なく垂れた桐の木に、油蝉がギリ/\啼きしきる午後、學校がへりの子供が、ほこりをけむりのやうに立てゝ來る――。
 先に立つた子が、飛行機の烟幕だといひながら熱灰が積つたやうなほこりの中を、はだしの足で引つ掻きながら走る。ほこりは、子供のうしろに尾を引いてもん/\と黒くなるほど舞ひ上る。うしろの子供等は、敵機追撃だと叫びながら口でうなりを立てゝ、ほこりの中に走りこむ。幾つかの影が、一時まつたくほこりの中に消えて、やがて一つ一つ、兩手を掻き廻しながら、こちらへ拔け出して來る。それからみんなほこりで眞黒になつた口を開けて一せいに『ワーツ……』と譯もなく喚聲をあげる。その聲は、何の反響もなくほこりの中に吸ひこまれてしまふ。さうして子供とほこりの群は畑道から畑道へ移つて行く。
 舞ひ上つたほこりは、赤黄ろく畑の上にひろがつて、しばらくは、ぢつと動かない。それがいつか桑の葉に、岡穗の葉に、玉蜀黍の葉に、その青さを消すほどに白く積つて、そこらが稍々透明になると、そこへメロメロと陽炎が立ち、白い道はまたヂリ/\と焦げはじめる。
 村の入口の道端に生へひろがつたどくだみ草が、頭までほこりの中につかつて、息もつけなささうに土にまみれてゐる。それがまた堪らなくむせつぽく、もう幾十日、雨一滴降らない炎天の日がつゞいてゐることを思はせた。

         二

 ほこりと子供の一團が村の森の中に消えてからしばらくして、またほこりと人の長い列が畑の中道を動いて來る。二里ほどある雷神樣へ雨乞ひに行つた村の人人のかへりである。
 彼等は今日で五日間、二里の道を往復して雨乞ひをしてゐるのである。菅笠、麥藁帽、蝙蝠傘、それらの行列は、默々として、葬式の列のやうにして歩いて來る。彼等は、既に穗ばらんでそのまゝ枯れかかつた田の稻を、畑の岡穗を、見る度に嘆聲をもらしつゝ毎日の雨乞をつゞけて來たが、今日はもう、嘆聲すら出せなくなつてゐる。
『ヤーレ、もつとそろつと歩け、ほこりが堪んねよ。』
『いくらそろつと歩いても、ほこりの方で舞ひ上んだよ。』
 みんな變に氣むずかしくなつてゐる。ぐつたりと萎へしほれた畑作の一面に、風一つ渡る氣配なく、土色に濁つた空氣がもーツとひろがつてゐる。それが上部に行くにつれて、濁つた紫色に、更らに高くなつてギラ/\とした青さに、そしてその中心に、燒きついたやうにして太陽が輝いてゐる。彼等のうちの誰でも、そこまで眼を移して行つたなら、めまひを起してその場に卒倒するばかりである。彼等は先刻の子供等と違ひ最早太陽を見ることを病的に怖れてゐる。
 只土の上を見て歩いてゐる。が、その土は一足一足毎にぷかり/\と舞ひ立ち、むつとした草いきれと一緒に、脛から股から胸から顏へ匍ひ上り、たく/\流れる汗へ飛びついて來る。眞黒な汗が、襟…

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