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キフホイザー
キフホイザー
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「西洋見學」 日本評論社
1941(昭和16)年9月10日
入力者門田裕志
校正者染川隆俊
公開 / 更新2011-04-28 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 ブロッケンに登つて、麓のシールケに泊つた次の朝、おびただしい鈴の音で目をさまされた。寢臺から這ひ出して窓をあけて見ると、下の川沿ひの道を一人の牧人が、牧場へであらう、牛の群をつれて通つてゐた。これを見ないとハルツの旅の氣分は完成しないやうな氣がしたので、L公使と谷口君の寢室のドアを叩かうかと思つたが、昨日はベルリンからハルツまで車で搖られ通しで疲れて眠つてるのだらうと思ひ、やめにした。
 空は昨夜の雷雨の名殘がまだはつきりしないで、今にも降つて來さうな氣はひだつた。顏を洗つて階段を下りて行くと、L氏夫妻も谷口君も、もう着替をしてサロンで私たちを待つてゐた。
 ゆつくり朝飯をすませて出かけたのは、やがて十時であつた。今日はハルツの南の斜面を下つて、ノルトハウゼンからキフホイザーに出る豫定で、キフホイザーの見物がすんだら、私たちはどこか途中の停車場でケルン行の汽車をつかまへようと考へてゐた。但し、いつまでに、どこへ、着かなければならぬといふ制限はなかつたので、それに、これがドイツの見納めだといふ氣持もあつたので、至つてのんきな心がまへで車に搖られてゐた。
 シールケから間もなくエレント、それから間もなくブラウンラーゲを通つた。どちらもボーデの流れに沿つた小ぎれいな山間の避暑地で、人がぞろぞろ歩いてゐた。ブラウンラーゲの村を出ると、昨日から顏なじみの樅の樹林がまた道の兩側に黒黒と列んで、下の芝草も手入をしたやうに美しく、ブロッケンのやうに大きな岩石が散亂してないので、いかにも地貌の柔和な印象を與へられた。
 それから登り道になり、ホーエガイスとかいふ村を通ると、日曜日なので、寺の鐘が鳴り、質素に着飾つた村の人たちが鐘の鳴る方へ歩いてゐた。地圖を見ると、その邊は海拔六〇〇幾メートルとかになつてゐた。霧が下りて來て、その下から馬鈴薯の花の白く咲いてるのが浮き出して見えた。
 道はまた森の中を拔けるやうについてゐた。朝ホテルで目をさまされた時のやうな鈴の音が聞こえるので、見ると、右側の森の中で一群の牛が思ひ思ひの方向を向いて草を食つて居り、大きな前掛みたいなものを着て長靴を穿いた男が、長い杖をつき、犬を一匹つれて傍に立つてゐた。私たちのショファは車を停めてその男に話しかけ、ノルトハウゼンへ出るのはこれでいいのだらうと聞いた。牛飼は、それでいいのだと答へた。人のよささうな中年の男だつた。
 山を下つて耕地の間を駈けてゐると、向から大型の遊覽バスが三臺つづいてやつて來るのに出逢つた。團體遊覽者と見えて乘客は皆揃ひの派手な帽子をかぶつてゐた。森の中では時時ぽつりぽつり落ちてた雨が上り、小麥畑の上には薄日がさして來た。
 ノルトハウゼンはハルツ連山の南の出口で、ツォルゲの川に臨み、人口三萬三千の古い町で、中世には長い間王宮があつたさうで、見て通つたカテードラレなども後期…

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