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私信
ししん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集10」 ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年6月27日
初出「都新聞 第一九四三七号」1941(昭和16)年12月2日
入力者増山一光
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-02-18 / 2016-07-12
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、将来の暮しに就いて、いろいろ御心配して下さってありがとうございます。けれども、私はこのごろ、私の将来の生活に就いて、少しも計画しなくなりました。虚無ではありません。あきらめでも、ありません。へたな見透しなどをつけて、右にすべきか左にすべきか、秤にかけて慎重に調べていたんでは、かえって悲惨な躓きをするでしょう。
 明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、充分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて居ります。私は、嘘を言わなくなりました。虚栄や打算で無い勉強が、少しずつ出来るようになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くような事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。決して虚無では、ありません。
 いまの私にとって、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戦地の人々も、おそらく同じ気持ちだと思います。叔母さんも、これからは買い溜などは、およしなさい。疑って失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。私たちは、信じているのです。一寸の虫にも、五分の赤心がありました。苦笑なさっては、いけません。無邪気に信じている者だけが、のんきであります。私は文学をやめません。私は信じて成功するのです。御安心下さい。



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