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ひかりの素足
ひかりのすあし
作品ID458
著者宮沢 賢治
文字遣い新字旧仮名
底本 「宮沢賢治全集5」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年3月25日
入力者あきら
校正者伊藤時也
公開 / 更新2000-02-04 / 2014-09-17
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一、山小屋

 鳥の声があんまりやかましいので一郎は眼をさましました。
 もうすっかり夜があけてゐたのです。
 小屋の隅から三本の青い日光の棒が斜めにまっすぐに兄弟の頭の上を越して向ふの萱の壁の山刀やはむばきを照らしてゐました。
 土間のまん中では榾が赤く燃えてゐました。日光の棒もそのけむりのために青く見え、またそのけむりはいろいろなかたちになってついついとその光の棒の中を通って行くのでした。
「ほう、すっかり夜ぁ明げだ。」一郎はひとりごとを云ひながら弟の楢夫の方に向き直りました。楢夫の顔はりんごのやうに赤く口をすこしあいてまだすやすや睡って居ました。白い歯が少しばかり見えてゐましたので一郎はいきなり指でカチンとその歯をはじきました。
 楢夫は目をつぶったまゝ一寸顔をしかめましたがまたすうすう息をしてねむりました。
「起ぎろ、楢夫、夜ぁ明げだ、起ぎろ。」一郎は云ひながら楢夫の頭をぐらぐらゆすぶりました。
 楢夫はいやさうに顔をしかめて何かぶつぶつ云ってゐましたがたうとううすく眼を開きました。そしていかにもびっくりしたらしく
「ほ、山さ来てらたもな。」とつぶやきました。
「昨夜、今朝方だ※[#小書き平仮名た、240-7]がな、火ぁ消でらたな、覚だが。」
 一郎が云ひました。
「知らなぃ。」
「寒くてさ。お父さん起ぎて又燃やしたやうだっけぁ。」
 楢夫は返事しないで何かぼんやりほかのことを考えてゐるやうでした。
「お父さん外で稼ぃでら。さ、起ぎべ。」
「うん。」
 そこで二人は一所にくるまって寝た小さな一枚の布団から起き出しました。そして火のそばに行きました。楢夫はけむさうにめをこすり一郎はじっと火を見てゐたのです。
 外では谷川がごうごうと流れ鳥がツンツン鳴きました。
 その時にはかにまぶしい黄金の日光が一郎の足もとに流れて来ました。
 顔をあげて見ますと入口がパッとあいて向ふの山の雪がつんつんと白くかゞやきお父さんがまっ黒に見えながら入って来たのでした。
「起ぎだのが。昨夜寒ぐなぃがったが。」
「いゝえ。」
「火ぁ消でらたもな。おれぁ二度起ぎで燃やした。さあ、口漱げ、飯でげでら、楢夫。」
「うん。」
「家ど山どどっちぁ好い。」
「山の方ぁい、い※[#小書き平仮名ん、241-7]とも学校さ行がれなぃもな。」
 するとお父さんが鍋を少しあげながら笑ひました。一郎は立ちあがって外に出ました。楢夫もつづいて出ました。
 何といふきれいでせう。空がまるで青びかりでツルツルしてその光はツンツンと二人の眼にしみ込みまた太陽を見ますとそれは大きな空の宝石のやうに橙や緑やかゞやきの粉をちらしまぶしさに眼をつむりますと今度はその蒼黒いくらやみの中に青あをと光って見えるのです、あたらしく眼をひらいては前の青ぞらに桔梗いろや黄金やたくさんの太陽のかげぼふしがくらくらとゆ…

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