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画の裡
えのうち
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-09-05 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「旦那樣、畫師ぢやげにござりまして、ちよつくら、はあ、お目に懸りたいと申しますでござります。」
 旦那は徐羣夫と云ふ田舍大盡。忘其郡邑矣、とあるから何處のものとも知れぬが、案ずるに金丸商店仕入れの弗箱を背負つて、傲然と控へる人體。好接異客、は可いが、お追從連を眼下に並べて、自分は上段、床の前に無手と直り、金屏風に御威光を輝かして、二十人前の塗ばかり見事な膳、青芋※[#「くさかんむり/哽のつくり」、U+8384、90-1]の酢和で、どぶろくで、
「さ、さ、誰も遠慮せんで。」
 とじろ/\と睨[#挿絵]す輩と見えた。
 時恰も、其の客を會した處。入口に突伏して云ふ下男の取次を、客の頭越しに、鼻を仰向けて、フンと聞き、
「何ぢや、もの貰か。白癡め、此方衆の前もある。己が知己のやうに聞えるわ、コナ白癡が。」
「ヒヤアもし、乞食ではござりませんでござります。はあ、旅の畫師ぢやげにござりやして。」
「然ぢやで云ふわい。これ、田舍[#挿絵]りの畫師と、もの貰ひと、どれだけの相違がある。はツ/\。」
 と笑うて、
「いや、こゝで煩いての。」と、一座をずらりと見る。
「兎角夏向きになりますと、得て然う云ふ蟲が湧くでえすな。」
「何も慰み、一つ此へ呼んで、冷かして遣りは如何でございませう。」
「龍虎梅竹、玉堂富貴、ナソレ牡丹に芍藥、薄に蘭、鯉の瀧登りがと云ふと、鮒が索麺を食つて、柳に燕を、倒に懸けると、蘆に雁とひつくりかへる……ヨイ/\と云ふ奴でさ。些と御祕藏の呉道子でも拜ませて、往生をさせてお遣んなさいまし。」
「通せ。」と、叱るやうに云ふ。
 やがて、紺絣に兵兒帶といふ、其の上、旅窶れのした見すぼらしいのが、おづ/\と其へ出た。
 態と慇懃に應接うて、先生、拜見とそゝり立てると、未熟ながら、御覽下さいましとて、絹地の大幅を其へ展く。
 世話好なのが、二人立つて、此を傍の壁へ懸けると、燕でも雁でもなかつた。圖する處は樓臺亭館、重疊として緩く[#挿絵]る、御殿造りの極彩色。――(頗類西洋畫。)とあるのを注意すべし、柱も壁も、青く白く浮出すばかり。
 一座案外。
 徐大盡、例のフンと鼻で言つて、頤で視め、
「雜と私が住居と思へば可いの。ぢやが、恁う門が閉つて居つては、一向出入りも成るまいが。第一私が許さいではお主も此處へは通れぬと云つた理合ぢや。我が手で描きながら、出入りも出來ぬとあつては、畫師も不自由なものぢやが、なう。」
「御鑑定。」
「其處です。」と野幇間の口拍子。
 畫師、徐に打微笑み、
「否、不束ではございますが、我が手で拵へましたもの、貴下のお許しがありませんでも、開閉は自由でございます。」
「噫帖然一紙。」
 と徐大盡、本音を吹いた唐辯で、
「塗以丹碧。公焉能置身其間乎。人を馬鹿にすぢやの、御身は!」
 畫生其の時、
「御免。」と衝と膝を進めて、畫の面にひたと向うて…

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