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粋を論じて「伽羅枕」に及ぶ
すいをろんじて「きゃらまくら」におよぶ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學体系6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「透谷全集」博文館、1902(明治35)年10月1日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-05-20 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 心して我文学史を読む者、必らず徳川氏文学中に粋なる者の勢力おろそかならざりしを見む。巣林子以前に多く此語を見ず、其尤も盛なるは八文字屋以後にありと云ふべし。彼の所謂洒落本こんにやく本及び草紙類の作家が惟一の理想とし、武道の士の八幡摩利支天に於けるが如く此粋様を仰ぎ尊みたるの跡、滅す可からず。
 粋様の系統を討ぬれば、平安朝の風雅之れが遠祖なり。語を換へて言へば、日本固有の美術心より自然的屈曲を経て茲に至りしなり、而して其尤も近き親は、戯曲と遊廓とにてありしなり。戯曲の事は他日論ず可ければ此には擱きつ。遊廓と粋様の関係に就きては一言するも無益ならざるべし。抑も当時武門の権勢漸く内に衰へて、華美を競ひ遊惰を事とするに及びて、風教を依持す可き者とては僅に朱子学を宗とする儒教ありしのみ。而して儒教の風教を支配する事能はざるは、往時以太利に羅馬教の勢力地に堕ちて、教会は唯だ集会所たるが如き観ありしと同様の事実なり。然るに各藩の執政者にして杞憂ある者は法を厳にし、戒を布きて、以て風俗の狂瀾を遮ぎり止めんと試みけれども、遂に如何ともする能はず。外には厳格を装ひたる武士道の勇者も、内は言ひ甲斐なき遊冶郎にてありし。泰平と安逸とは人心を駆つて遊蕩に導くは古今歴史上の通弊なり。徳川氏三百年の治世の下に遊廓の勢力甚だ蔓延したりしも、亦た止を得ざる事実なり。
 勇武の士気漸く衰へ、儒道は僅に一流の人心を抑へ、滔々たる遊蕩の気風世に流るゝに当つて、粋様なる文学上の理想世に出でたり、而して光明を遊廓内に放てり、武士も紳士も此粋様を仰ぎ尊みたり、遊冶社界の本尊仏として、色道修行者の最後の勝利として、此粋様に帰依する者甚だ多かりき。然れども粋様と相照応して共に威光を輝かしたる者こそあれ、そを何と言ふに其頃盛なりし侠客道なり。蓋し粋は愛情の公然ならぬより其障子外に発生せしもの、侠は武士道の軟弱になりしより其屏風外に発達せしもの、此二者物異なれども其原因は同様にして、姉と弟との関係あり。然るが故に粋は侠を待つて益[#挿絵]粋に、侠は粋を頼みて益侠に、この二者、隠然、宗教及び道教以外に一教門を形成したるが如し。
 粋と侠とは遊蕩の敗風より生じ、遊廓を以てテンプルとなしたる事前に言へるが如し。然れども当時の文学中の最大部分たる洒落本、戯作の類の大に之に与りて力ありし事を思はざる可からず。当時の作家は概ね遊廓内の理想家にして、且つ遊廓塲裡の写実家なりしなり。愛情を高潔なる自然の意義より解釈せず、遊廓内の腐敗せる血涙中より之を面白気に画き出でたる者にて、遊廓内の理想を世に紹介し、世に教導したる者、実に彼等の罪なり。
 粋と侠とは遊廓内に生長したり、而して作家は之を世に教へたり。西鶴其磧より下つて近世の春水谷峨の一流に至るまで、多くは全心を注いで此粋と侠とを写さんことをつとめたり。抑も粋は人の好むとこ…

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