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春雪
しゅんせつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-09-13 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 四月七日だというのに雪が降った。
 同業、東洋陶器の小室幸成の二女が、二世のバイヤーと結婚してアメリカへ行くのだそうで、池田藤吉郎も招かれて式につらなった。式は三越の八階の教会で二十分ばかりですんだが、テート・ホテルで披露式があるというので、そっちへまわった。
 会場からほど遠い、脇間の椅子に掛け、葉巻をくゆらしながら窓の外を見ると、赤い椿の花のうえに雪がつもり、冬には見られない面白い図になっている。そういえば、柚子が浸礼を受けた、あの年の四月七日も、霜柱の立つ寒い春だったなどと考えているところへ、伊沢陶園の伊沢忠が寸のつまったモーニングを着こみ、下っ腹を突きだしながらやってきた。
 池田や小室とおなじく、伊沢もかつては航空機の機体の下受けをやり、戦中は、命がけで新造機に試乗したりして、はげまし合ってきた仲間だが、戦後、申しあわしたように瀬戸物屋になってしまった。
「いやはや、どうもご苦労さん」
「式には、見えなかったようだな」
「洋式の花嫁姿ってやつは、血圧に悪いんだ。ハラハラするんでねえ」
「それにしては、念のいった着付じゃないか」
「なァに、告別式の帰りなのさ。こっちは一時間ぐらいですむんだろう。久し振りだから、今日は附合ってもらおう。そういえば、ずいぶん逢わなかった。そら柚子さんの……」
 いいかけたのを、気がついてやめて、
「それはともかくとして……どうだい、逢わせたいひともあるんだが」
「それは、そのときのことにしよう」
 チャイム・ベルが鳴って、みなが席につくと、新郎新婦がホールへ入ってきた。新郎は五尺六七寸もある、日本人にはめずらしく燕尾服が身につく、とんだマグレあたりだが、新婦のほうは、思いきり小柄なのに、曳裾を長々と曳き、神宮参道をヨチヨチ歩いている七五三の子供の花嫁姿のようで、ふざけているのだとしか思えない。
 新郎と新婦がメイーン・テーブルにおさまると、すぐ祝宴がはじまった。新婦は杓子面のおツンさんで、欠点をさがしだそうとする満座の眼が、自分に集中しているのを意識しながら、乙にすまして、羞かもうともしない。活人画中の一人になぞらえるにしても、柚子なら、もっと立派にやり終わすだろう、美しさも優しさも段ちがいだと、池田の胸にムラムラと口惜しさがこみあげてきた。
 この戦争で、死ななくともいい若い娘がどれだけ死んだか。戦争中だから、まだしもあきらめがよかったともいえるが、いくらあきらめようと思っても、あきらめられないものもあり、是非とも、あきらめなければならないというようなものでもない。死んだものには、もうなんの煩いもないのだろうが、生き残ったものの上に残された悲しみや愁いは、そう簡単に消えるものではない。
 柚子はそのころ、第[#挿絵]航艦の司令官をしていた兄の末っ子で、母は早く死に、三人の兄はみな海軍で前へ出ていたので、ずうっと…

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