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ポーの片影
ポーのへんえい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「芥川龍之介全集 第十二巻」 岩波書店
1996(平成8)年10月8日発行
入力者もりみつじゅんじ
校正者松永正敏
公開 / 更新2002-10-09 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

          ◇
 ポーとは、ヱドガー、アラン、ポーのことです。ポーは初めフランスに紹介された時分にはポーヱと呼ばれてゐました。英国人等にも、この読み方をするものがあります。けれども、ポーがたゞしいことは明かです。モ一つ名前についていへば、ヱドガーはいゝが、アランは決して彼が自ら持つてをつたものでないといふことです。つまり、アランだけは全然余計なものだといふことです。
          ◇
 ポーの父はヱドガー、デビツト、ポーといひ、ポーは二男でした。その父はポー等三人の子供を残して死んだのです。で已むを得ず、ポーはジヨン、アランといふ煙学者に養はれることになりました。がポーは間もなくそこを離れてしまつたのです。だから、ポー自身は未だ曾て、アラン、ポー等と署名したことはないのです。
          ◇
 アランと呼ばれるやうになつたのは、ポーの全集を編纂したグリスボートといふ男が故意に書き加へたことによつて初まつたのです。この男は、事毎にポーに反噛し、毒ついた男で、唯それだけで芸術史上に名を残された男です。(名を後世に残さんとする者は、後世に生命あるであらう芸術家に何でもかまはず喧嘩を売ることです………)
          ◇
 ポーは一八〇九年ボストンに生れた人です。彼が最もよく世に知られたのは、批評家としてゞした。二十六歳の時、彼は既に立派な批評家として全米に認められました。ポーの批評は辛辣で鳴るものです。関係した新聞雑誌の数が四十幾つ、発表した論文が八百あまり、この事実から見て、彼が名文家たり得ないであらうことは窺はれますが、事実彼は、名文家ではあり得ませんでした。
          ◇
 彼は文中終始最上級の言葉ばかり使用する癖がありました。だから褒める場合は九天の高きに迄持上げます。けなす場合は九仞の底まで落します。或る人の詩を批評した中に、非常な誤りばかりに充ちてゐるがその中もつとも大きな誤りは、これを印刷したといふことであるなどゝいつてをります。所が彼がけなした人と、褒めた人と、彼がいつたほど価値に相違があるとは認められないのです。
          ◇
 ポーには中庸なる批評は出来なかつたのです。そして、いふ迄もなく罵倒非難したものゝ方が遥に多いのです、彼の唯一の友人ローヱルさへ、彼ポーは毒薬とインキ壺と間違へてゐるといつた位で、彼の筆端は火を吐いて辛辣に、人に迫つたのです。だから、彼には味方といふものは殆んどありませんでした。彼がその終生を不遇に了つたのは故あることです。
          ◇
 然しポーの悪口は、彼自身の哲学から出てゐたのですから止むを得ないことです。ポーに従へば、批評の役目はアラを探すことにあるといふのです。ポーは斯う云ふのです。作品の美点は批評家が説明して始めて現はれるやうなものではない。自然に現は…

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