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墓地展望亭
ぼちてんぼうてい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅵ」 三一書房
1970(昭和45)年4月30日
初出「モダン日本」1939(昭和14)年7月~8月
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-12-05 / 2014-09-21
長さの目安約 96 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 巴里の山の手に、ペール・ラシェーズという広い墓地があって、そのうしろの小高い岡の上に、≪Belle-vue de Tombeau≫という、一風変った名の喫茶店がある。
 訳すと、「墓地展望亭」ということにでもなろうか。なるほど、そこの土壇の椅子に坐ると、居ながらにして、眼の下に墓地の全景を見渡すことが出来る。
 当時、私は物理学校の勤勉な一学生で、行末、役にも立たぬ小説書きになろうなどとは夢想だにしなかったので、未来の物理学者を夢みながら、実直に学業をはげんでいた。
 私が、繁々とその喫茶店の土壇に坐るようになったのは、その店が学校の通路にあったという都合ばかりではなく、「墓地展望亭」というその名の好尚の中に、なんとなく、物佗びた日本的な風趣のあることを感じ、やるせない郷愁をなぐさめるよすがにこの店を撰んだわけである。
 そういう目的のためには、「墓地展望亭」はまず申し分のない場所だった。この店の客は、いずれも黒ずんだ服を着けた、物静かなひとたちばかりで、いま、花束を置いてきたばかりの墓に、もう一度名残りを惜しむためにここへやってくるのである。
 悲しげな眼ざしを、絶えずそのほうへそよがせながら、しめやかに語り合う老人夫婦。卓に頬杖をついて涙ぐみながら、飽かず糸杉の小径を眺めているうら若い婦人。それから、父や母のそばでしょんぼりしている子供たち。
 万事、そういう調子で、ほかの喫茶店のような喧騒さは、ここにはほとんどなく、いつも、ひっそりとしめりかえっていた。
 ここの常連の中で、特別に私の心をひいた一組の若い夫婦づれがあった。男性のほうは、三十五六の、端麗な顔をした日本人で、女性のほうは、スラブ人とも見える、二十歳をやっと越えたばかりの、この世のものとも思われぬような美しい面ざしの婦人である。
 二人は、毎月、八日の午後四時頃になるとやって来て、第二通路の角の大理石の墓碑に花束を置き、一ときほどここの土壇で休んでは、睦まじそうに腕を組んで帰ってゆく。
 ある夏の夕方、私は墓地の中を気ままに散歩していたが、ふと、あの二人がどういう人の墓に詣でるのかと思い、廻り道をしてその墓のあるところへ行って見た。
 それは、カルラロの上質の大理石に、白百合の花を彫った都雅な墓碑でその面には、次のような碑銘が刻まれていた。

リストリア国の女王たるべかりしエレアーナ皇女殿下の墓。――一九三四年三月八日、巴里市外サント・ドミニック修道院に於て逝去あらせらる。
神よ、皇女殿下の魂の上に特別の御恩寵を給わらんことを、切に願いまつる。

    一

 もう、そろそろ冬の「社交季節」が終りかけようとしているので、ホテルの広い食堂には、まばらにしか人影がなかった。
 志村竜太郎は、海に向いた窓のそばの食卓に坐って、ぽつねんとひとりで贅沢な夕食を摂っていた。この長い半生、たいていそう…

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