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私の果樹園
わたしのかじゅえん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本思想大系 33」 筑摩書房
1966(昭和41)年5月30日
入力者文子
校正者川山隆
公開 / 更新2007-02-06 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




豊かな果樹園をつくるのは
貴い魂にふさわしい仕事だ。
それは孕める羊が産まぬ間に
草原から草原へさまよい歩く
遊牧の民のことではない。
泣き叫ぶ声ききながら日の落ちぬ間に
村から村を襲うて狂う
暴虐な軍隊のことではない。
また次の骰が投げられぬ間に
町から町をかけめぐる
苛立しい都会人のことでもない。
豊かな果樹園をつくるためには、
たましいの思慮と優しさと
堪え忍びと安けさとが必要だ。
それは天国を地上へもちきたす
聖なる魂にさえふさわしい仕事だ。

私も私の果樹園をつくろう。
大きく拡り深く根をはるドイツ語で
しっかりと伸びた果樹をつくり、
美しさと味とに富んだギリシア語で
彫刻的で生気ある実を結ばせよう。
賑かなイギリス語で草をはやし、
素樸なラテン語で垣をめぐらそう。
アッシリア語で風車をつくるもいい。
さてあるときはイタリア語で
暖いふくよかな風をそよがせ、
またあるときはフランス語で
エスプリと香気との風を吹かせよう。

して私は籠[#ルビの「ざる」は底本では「さる」]をさげ、斧をかつぎ、
鋏をもち鎌をとって、
私の果樹園へはいってゆこう。
ホメロスを探そう、ヴィルヂルを尋ねよう。
ダンテ、ゲーテ、バイロン、ヴェルレーヌ。
聖なる言葉と美しい言葉とを尋ねよう。
しかし豊かな私の果樹園では、
愚なる言葉も醜い言葉も
みな一様に栄え茂っているから、
私のもとめる収穫はなかなか困難だ。

でも今年の花はどこへ散ったのであろう。
来る年の草の芽はどこにもとめよう。
そして去年の雪はどこにたずねよう。
(一九・一二・二五)



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