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白帝城
はくていじょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 中部日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
初出「東京日日新聞」「大阪毎日新聞」1927(昭和2)年7月(「木曽川」と題して連載されたものの一部。)
入力者林幸雄
校正者浅原庸子
公開 / 更新2004-05-23 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「ほら、あれがお城だよ。」
 私は振り返つた。私の後ろからは円い麦稈帽に金と黒とのリボンをひらひらさして、白茶の背広は濃い花色のネクタイを結んだ、やつと五歳と四ヶ月の幼年紳士がとても潔よく口をへの字に引き緊めて、しかもゆたりゆたりと歩いてゐた。地蔵眉の眼が大きく、汗がぢりぢりとその両の頬に輝いてゐる。
 名鉄の電車を乗り捨てて、差しかかつた白い白い大鉄橋――犬山橋――の鮮かな近代風景の裡のことである。
 暑い暑い。パナマ帽に黒の上衣は脱いで、擁へて、ワイシャツの、片手には鶏の首のついたマホガニーの農民美術のステッキをついてゆく、その子の父の私であつた。
「うん、さうか。」
 父と子とはその鉄橋の中ほどで立ち停まると、下手向きの白い欄干に寄り添つて行つた。隆太郎は一生懸命に爪立ち爪立ちした。頤が欄干の上に届かないのだ。
 ちやうど八月四日の正午、しんしんと降る両岸の蝉時雨であつた。
 汪洋たる木曾川の水、雨後の、濁つて凄じく増水した日本ライン、噴き騰る乱雲の層は南から西へ、重畳して、何か底光のする、むしむしと紫に曇つた奇怪な一脈の連峰をさへ現出してゐる。その白金の覆輪がまた何よりも強く眼を射つたのである。その下流の右岸には秀麗な角錐形の山、(それは夕暮富士だと後で聞いたが)山の頂辺に細い縦の裂目のある小松色の山が、白い河洲の緩い彎曲線と程よい近景を成して、遙には暗雲の低迷した、それは恐らく驟雨の最中であるであらうところの伊吹山のあたりまでバックに、ひろびろと霞んだ、うち展けた平野の青田も眺められた。
 その左岸の犬山の城である。

 まことに白帝城は老樹蓊欝たる丘陵の上に現れて、粉壁鮮明である。
 小さな白い三層楼、何と典麗な、しかもまた均斉した、美しい天主閣であらう。この城あつて初めてこの景勝の大観は生きる。生きた脳髄であり、レンズの焦点である。まつたくかの城こそは日本ラインの白い兜である。
「お城には誰がゐるの。」
「今は誰もゐないんだ。むかしね、兵隊がゐたんだよ。」
 私はその子の麦稈帽を軽くたたいた。かの小さな美しい城の白光が果していつまでこの幼い童子の記憶に明り得るであらうか。そしてあの蒼空が、雲の輝きが。
 父はまたその子の麦稈帽を二つたたいた。私はひそかに微笑した。「すこし強く叩いて置け。」
 私の長男である彼隆太郎は、神経質だが、意志は強さうである。一緒に行く、汽関車に取り附いてでもついて行くと言つてきかないので、止むなく小さなリュックサックを背負はして連れて出たものだが、下りの特急の展望車で、大きな廻転椅子に絵本をひろげてゐた時にもこの子は一個の独自の存在であつた。食堂のテーブルに対ひ合つた僅な時間のひまにも、この子はおぼつかないながら、ナイフとフオクは確に自分の物として、焼きたてのパンや黄色いバタや塩つぱいオムレツの上にのぞんで、決して自分…

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