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回想録
かいそうろく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和文学全集 第4巻」 小学館
1989(平成元)年4月1日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-01-18 / 2014-09-21
長さの目安約 72 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 私の父は八十三で亡くなった。昭和九年だったから、私の何歳の時になるか、私は歳というものを殆と気にとめていない。実は結婚する時自分の妻の年も知らなかった。妻も私が何歳であるか訊きもしなかった。亡くなる五六年前に一緒に区役所に行って、初めてその時妻の歳を知ったが、三つ位しか違わぬことが分った。私は現在目の前にあるものを尊しと思う。昔どうだったというようなことは全然自分の考に附き纏わない。良ければなおいいし、悪くてもそれが現在良ければいい。そういう風だから、自分の過去を振返って、自分の行跡を解剖し、幾つまで何々が好きで、幾つの時にそれを清算してそれからこういう方面に切込んで行ったなどということを考えるのは煩い。だから考えたことはない。自己解剖など私にはさっぱり興味がない。そんな風で、この頃よく以前の歳を訊かれることがあるけれども、よく覚えていないようなわけである。
 日記もつけたりつけなかったりである。生涯のうちでも一番緊張して重要な時は、日記などつける余裕もなく、従って後から一番知りたいと思うような時期の日記が欠けている。
 又言うまでもないことだが、吾々の記憶というものも本当の事実に正確であるかどうかも甚だ覚束ない。過去の事実を屡々記憶のうちに喚び醒しているうちに、吾々は回想の中にその事実を次第に潤色し、いつかそれが本当の事実だと記憶して了うような場合も少くない。子供の時分から私は屡々父の回顧談を聴いたが、父は同じ話を何度も繰返しているうちに、その細部などいつか変って来ていることもあった。話の調子に乗って語っている間に、実際に父の記憶がそういう風になって来ていたのであろう。実際、歴史というものは、そういう堆積なのかもしれない。無数の事実の中から一種の創造が行われているわけなのである。

 父は子供の時、十二で浅草清島町の裏長屋から仏師屋へ奉公に出た。清島町の家は河童橋の通にあった。変な蝮屋のあるような小さな露地を入った九尺二間の長屋のずっと続いている暗い家で、近所界隈はそういうものばかりのようであった。其処で祖母が父を教育してそだてたのである。
 私の家の先祖については、昔のことは分らない。父の言っていたのを受け継ぐより外ないが、鳥取の士分で、はっきりはしないが文化あたりに江戸に来て町人になった。髯の長兵衛と言われて、父のように髯が濃かったらしい。唯そんなことしか遺っていない。
 祖父は気の毒な人で、子供の時から非常な苦労をした。その父親、つまり私の曾祖父にあたる人は、嘉永にはならぬ位の徳川末期の時分で、丁度その当時流行した富本節が非常に巧く、美声で評判になったものらしい。それで妬まれて水銀を呑まされたとか言うことだ。その為に声は出なくなる、腰は立たなくなる、そのせいかどうかわからないが一種の中風になった。祖父は小さい時からその父親の面倒をみて、お湯へ…

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