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自作肖像漫談
じさくしょうぞうまんだん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和文学全集第4巻」 小学館
1989(平成元)年4月1日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-01-30 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今度は漫談になるであろう。この前肖像彫刻の事を書いたが、私自身肖像彫刻を作るのが好きなので、肖像というと大てい喜んで引きうける。これまでかなりいろいろの人のものを作った。

 昔、紐育に居てボオグラム先生のスチュジオに働いていた頃、暫く同じ素人下宿に居られた鉄道省の岡野昇氏といわれる人が、私に小遣取をさせる気持で肖像を作らせてくれた。肖像で報酬をもらったのはこれが生れて初めての事なのでよく憶えている。先生の所で昼間働いて夕方帰って来てから岡野さんに坐ってもらった。日曜は休みなので朝から勢いこんで作った。七八寸位の小さなものであった。それを石膏型にとって岡野さんは帰朝される時持ちかえられたが、帰国後石膏に斑点が出たという通知があった。その頃はその人に肖せる事だけがやっとの事で彫刻としての面白さなどはまるで無いものであったろうと思われる。「兄貴に似ている」と岡野さんが言われたので、それなら他人と間違えられる事もあるまいと思って稍安心した事を記憶している。令兄は法学博士岡野啓次郎氏という事であった。岡野昇さんは鉄道線路とシグナルとの設計見学に外遊せられていたのであったが、其頃の大宮駅の線路は同氏の設計らしく、引込線を錆びさせないように苦心するのだと常に言って居られた。ボストン停車場の線路はいいという事だったので、後日ボストンに行った時その線路の配置を注意して見たが自分にはさっぱり分らなかった。岡野さんは実に頭のいい人で何でもてきぱきと分った。余程以前に一種のブレイン トラストのようなものを組織せられた事があると記憶する。今もむろん健在の事と思うが、私のあの胸像はどうなっているかしらと時として思い出す。

 私は外国に居る間、外に肖像を作らなかった。日本に帰ってから丁度父光雲の還暦の祝があり、門下生の好意によって私がその記念胸像を作ることになった。まるで新帰朝の私の彫刻技術を父の門下生等に試験されるようなものであった。はじめ作って一同の同意を得たものは石膏型になってから急にいやになり、一週間ばかりで二度目の胸像を作り、この方を鋳造した。「世界美術全集」などに出ている写真はこの胸像であり、当時一般から彫刻の新生面と目されたのであるが、この胸像は実物の彫刻よりも写真の方がよい位で、甚だ見かけ倒しの作だと今では思っているので、そのうち鋳つぶしてしまう気でいる。父の胸像はその後一二度小さなのを作った事があり、死後更に決定版的に一つ作った。これは昭和十年の一周忌に作り上げた。今上野の美術学校の前庭に立っている。この肖像には私の中にあるゴチック的精神と従ってゴチック的表現とがともかくも存在すると思っている。肩や胸部を大きく作らなかったのは鋳造費用の都合からの事であり、彫刻上の意味からではない。亡父の事を人はよく容貌魁偉というが、どちらかというと派手で、大きくて、厚肉で、俗な分…

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