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万物の声と詩人
ばんぶつのこえとしじん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「評論 十四號」女學雜誌社、1893(明治26)年10月7日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2007-12-30 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 万物自から声あり。万物自から声あれば自から又た楽調あり。蚯蚓は動物の中に於て醜にして且つ拙なるものなり。然れども夜深々窓に当りて断続の音を聆く時は、人をして造化の生物を理する妙機の驚ろくべきものあるを悟らしむ。自然は不調和の中に調和を置けり。悲哀の中に欣悦を置けり。欣悦の裡に悲哀を置けり。運命は人を脅かすなり、而して人を駆つて怯懦卑劣なる行為をなさしむるなり。情慾は人を誘ふなり、而して人を率ゐて我儘気随のものとなすなり。自然は広漠たる大海にして、人生は廷々たる浮島に似たり。風浪常時に四囲を襲ひ来りて、寧静なる事は甚だ稀なり。四節は追はずして駿馬の如くに奔馳し、草木の栄枯は輪なくして廻転する車の如し。自然は常変なり、須臾も停滞することあるなし。自然は常動なり、須臾も寂静あることなし。自然は常為なり、須臾も無為あることなし。その変、その動、その為、各自一個の定法の上に立てり、而して又た根本の法ありて之を支配するを見る。淵に臨みて静かに水流の動静を察するに、行きたるものは必らず反へる、反へれるものは必らず行く。若きもの必らず老ゆ、生あるもの必らず死す。苦あるものに楽あり、楽あるものに苦あり。造化は偏頗にして偏頗にあらず、私にして無私なり。差別の底に無差別あり。不平等の懐に平等あり。然り、造化の妙機は秘して其最奥にあるなり。人間の最奥なるところ、之を人間の空と言ひ、造化の最奥なるところ、之を造化の霊と言ふ。造化の最奥! 造化の霊! そこに大平等の理あるなり。そこに天地至妙の調和あるなり。人間はいかほどに卑しく拙なくありとも、天地至妙の調和は、之によりて毀損せらるゝことなきなり。あはれ、この至妙の調和より、万物皆な或一種の声を放ちつゝあるにあらずや。
 形の醜美を見て直ちに其醜美を決するは、未だ美を判ずるの最後にあらず。外極めて醜なるものにして、内極めて美なるものあり。外極めて美にして、内極めて醜なるものあり。醜と美とを判つは、必らずしも其形象に関はるにあらざるなり。形躰にあらはれたる醜美を断ずるは、独り眼眸のみ。眼眸は未だ以て醜美を断ずる唯一の判官となすべきにあらず。鼓膜亦た関つて力あるべきものなり。否、否、眼眸も鼓膜も未だ以て真に醜美を判ずべきものにあらざるなり。凡そ形の美は心の美より出づ。形は心の現象のみ。形を知るものは形なり、心を視るものは又た心ならざるべからず。造化は奇しき力を以て、万物に自からなる声を発せしむ、之を以て聊かその心を形状の外にあらはさしむ、之を以てその情を語らしめ、之を以てその意を言はしむ。無絃の大琴懸けて宇宙の中央にあり。万物の情、万物の心、悉くこの大琴に触れざるはなく、悉くこの大琴の音とならざるはなし。情及び心、一々其軌を異にするが如しと雖、要するに琴の音色の異なるが如くに異なるのみにして、宇宙の中心に懸れる大琴の音たるに於ては、均しき…

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