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愛国歌小観
あいこくかしょうかん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「齋藤茂吉全集 第十四卷」 岩波書店
1975(昭和50)年7月18日
初出「日本評論」1942(昭和17)年5月号
入力者しだひろし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-10-02 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今日は愛國歌について一言を徴せられたが、大東亞戰爭の勃發して以來、國民が奮つて愛國歌を讀み、朗誦し、萬葉集に載つた、『海ゆかば水漬く屍山ゆかば草むす屍大皇の邊にこそ死なめ顧みは爲じ』や、『けふよりは顧みなくて大君の醜の御楯といでたつわれは』の如きは、全く人口に膾炙せられるに至つた。また、私の先輩友人等から、雜誌により、著書により、ラジオ放送によつて、愛國歌がつぎつぎに發表せられたから、私が今日愛國歌について答へるとしても、自然重複してしまふのではあるまいかとおもつたが、併し縱しんば重複してしまつても、或は幾たび同じ歌が吟誦せられるにしても、あへて餘計だといふわけ合のものではあるまいから、左に、十人あまりの人によつて作られた愛國歌を抽出して置かうとおもつたのである。
       ○
うらうらとのどけき春の心よりにほひいでたる山ざくら花 (賀茂眞淵)
しきしまの大和心を人とはば朝日ににほふ山ざくら花 (本居宣長)
 これはおなじく、皇國の心の象徴ともいふべき櫻を讚美した歌であるが、眞淵の歌の方は、自然に無理なく出來てゐて、特に、『やまと心』といふやうなことを露はには云つてゐない。おなじく眞淵の歌に、『もろこしの人に見せばやみよし野のよし野の山の山ざくら花』といふのがあるが、この方には幾分、『やまと心』といふことを表面に出して居る。宣長の歌は、既に有名な歌で、大衆化すべき要約を具備して通俗的である。さうしてこの程度の通俗性は宣長の意圖としては、是非必要であつたこととおもふ。
 宣長には、玉矛百首のごとき愛國吟があつて、その中に、『かしこきやすめら御國はうまし國うら安の國くにのまほくに』『百八十と國はあれども日の本のこれの倭にます國はあらず』『天地のそきへのきはみ覓ぎぬとも御國にましてよき國あらめや』等の歌がある。これ等の百首と餘り歌まで合せて、殆ど全部が古語を縱横に使つた、いはゆる古調の歌であるから、『朝日ににほふ山ざくら花』の歌のやうに分かりよくない。これもまた宣長自身さう意識して作つて居るのである。
 眞淵の歌は六十歳ごろから益々萬葉調となり、純粹に古調となつて行つたが、宣長の方は、古風と近風と使ひわけをして歌を咏んだ。『朝日ににほふ』の歌は、その中の近風の歌に屬するもので、一般の人々に分かりよい、大衆性を餘計に持つて居るものである。かういふ作歌態度は態度としてはいかがともおもふが、國學の思想を説くにあたつては是非必要なことであつた。
       ○
千萬のえみしが船をしづめけむ神のいぶきぞあやにかしこき (中島廣足)
 これは、蒙古襲來の繪卷を見て作つた長歌の反歌であるが、この弘安の役の神風について長歌の方には、『もろもろの、大御神たち、おもほてり、いきどほらして、神風の、いぶきまどはし、天雲の、五百重むら雲、とこやみに、おほひたまひて、えみしらが、の…

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