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市街を散歩する人の心持
しがいをさんぽするひとのこころもち
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻95 明治」 作品社
1999(平成11)年1月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-09-12 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 東京の市街を、土曜日の午後あたり、明日は日曜だといふ安心で、と見かうみ、ぶらぶら歩るくほど楽しみなものはない。たとへば神田の五軒町あたりは、広い道の両側に柳の並木、日にきらめける鉄条の上をけたたましい電車の嵐、と思つて一寸道傍の店先を覗くと赤く汚れた温い硝子戸を越してお七、吉三の古い錦絵、その隣を乳房をあらはに髪を梳る女、銘は何れも歌麿筆としてある。
 全体が青い調子の横に長い方形の景色絵がある。広重といふ落款で鳴海の景とある。代赭の色の、はた白に浅葱の縞模様、特産の鳴海綾は並び立つ太物屋の軒に吊り下つてゐる。その前の街道をば荷を付けた馬が通る。旅人めく一群の人が通る。
 古い錦絵の包蔵した情調は音楽の如く散歩する人の心を襲ふ。一種の譬へ難き哀愁が胸の底に涌く。その絶ち難い愛着を捨てて猶も歩を進めてゆくと、思ひがけなくも一列の赤い郵便馬車の駆け来るのに出遇ふ。今得たまどかな気分は忽ち破壊せられたので、不安の眸を放つて、市街ををちこちと見廻はしてゐると、斜日に照らされて、夢の如く浮び出てゐるニコライの銀灰の壁が目に入る……神田の古風な大時計がぢん、ぢん……と四時をうつ。
 ――かう云ふ平坦な記述が他の人人にも興味があるかどうだかは知らない。併し自分には東京の景物ほど心を引くものはない。それも単に視覚と、聴覚と、或は空気の圧迫に感ずる触覚と、偶は又、日本橋、殊に本町、大伝馬町にきく酢酸、塩素瓦斯、ヨオドフオルム乃至漢法方剤の怪しい臭ひ、九月の頃にはまた通一丁目、二丁目辺、長谷川町の辺にきく、問屋に出始めた冬物の裏地のにほひ――是等のいろいろの匂ひに感応する嗅覚といふやうなものの方面から見てである。
 かくして市街の散歩者は二時間、三時間の漫歩の間に官能の雑り織る音楽を味ふ事が出来る。――

 自分は今心が惑ふ。九月の朝の日比谷公園の印象を語らうか。或はそこの八月の夜を描き出さうか。或は更に興味ある秋の夜の銀座裏町の生活を語らうか。それとも春雨頃の、沈んだ三味線の音のやうに淡く寂しい深川の河岸の情緒を語らうか。

 嘗つて自分が永井氏の「深川の唄」を読んだ時、このさとの哀れ深い生活が氏の豊麗な才筆に取り入れらるるといふ事を如何に喜ばしくも亦妬ましくも感じたつたらう。かの同盟罷工の一揆のやうに獰くむくつけき文明の侵略軍の、その尖兵にもたとへつ可き電車さへも、この里には、高橋より奥には寄せて来なんだ。だからあの不動様にも、昔のままに奇しい蝋燭の火が点つてゐる。ここの娘たちは冬にも足袋をはかぬ。まだ広い黒繻子の襟をかけて居る。濃い紫の半襟をかけてゐる。赤い手がらをかけてゐる。昔の芝居によく出たやうな深川の質屋も、材木屋も、石材問屋も、醤油屋の低く長い蔵の壁も昔のままに沈黙してゐる。さうして考へて居る。悲しんで居る。縁日にはまだ覗き機関が哀れな節を歌つてゐる。阿呆陀羅経…

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