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春と修羅 第二集
はるとしゅら だいにしゅう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「宮沢賢治全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年2月26日
入力者伊藤雄介
校正者小林繁雄
公開 / 更新2010-02-09 / 2014-09-21
長さの目安約 101 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

  序


この一巻は
わたくしが岩手県花巻の
農学校につとめて居りました四年のうちの
終りの二年の手記から集めたものでございます
この四ヶ年はわたくしにとって
じつに愉快な明るいものでありました
先輩たち無意識なサラリーマンスユニオンが
近代文明の勃興以来
或いは多少ペテンもあったではありませうが
とにかく巨きな効果を示し
絶えざる努力と結束で
獲得しましたその結果
わたくしは毎日わづか二時間乃至四時間のあかるい授業と
二時間ぐらゐの軽い実習をもって
わたくしにとっては相当の量の俸給を保証されて居りまして
近距離の汽車にも自由に乗れ
ゴム靴や荒い縞のシャツなども可成に自由に撰択し
すきな子供らにはごちそうもやれる
さういふ安固な待遇を得て居りました
しかしながらそのうちに
わたくしはだんだんそれになれて
みんながもってゐる着物の枚数や
毎食とれる蛋白質の量などを多少夥剰に計算したかの嫌ひがあります
そこでたゞいまこのぼろぼろに戻って見れば
いさゝか湯漬けのオペラ役者の気もしまするが
またなかなかになつかしいので
まづは友人藤原嘉藤治
菊池武雄などの勧めるまゝに
この一巻をもいちどみなさまのお目通りまで捧げます
たしかに捧げはしまするが
今度もたぶんこの出版のお方は
多分のご損をなさるだらうと思ひます
そこでまことにぶしつけながら
わたくしの敬愛するパトロン諸氏は
手紙や雑誌をお送りくだされたり
何かにいろいろお書きくださることは
気取ったやうではございますが
何とか願ひ下げいたしたいと存じます
わたくしはどこまでも孤独を愛し
熱く湿った感情を嫌ひますので
もし万一にもわたくしにもっと仕事をご期待なさるお方は
同人になれと云ったり
原稿のさいそくや集金郵便をお差し向けになったり
わたくしを苦しませぬやうおねがひしたいと存じます
けだしわたくしはいかにもけちなものではありますが
自分の畑も耕せば
冬はあちこちに南京ぶくろをぶらさげた水稲肥料の設計事務所も出して居りまして
おれたちは大いにやらう約束しようなどといふことよりは
も少し下等な仕事で頭がいっぱいなのでございますから
さう申したとて別に何でもありませぬ
北上川が一ぺん氾濫しますると
百万疋の鼠が死ぬのでございますが
その鼠らがみんなやっぱりわたくしみたいな云ひ方を
生きてるうちは毎日いたして居りまするのでございます
[#改ページ]

  二  空明と傷痍
一九二四、二、二〇、

[#挿絵]気の海の青びかりする底に立ち
いかにもさういふ敬虔な風に
一きれ白い紙巻煙草を燃すことは
月のあかりやらんかんの陰画
つめたい空明への貢献である
   ……ところがおれの右掌の傷は
     鋼青いろの等寒線に
     わくわくわくわく囲まれてゐる……
しかればきみはピアノを獲るの企画をやめて
かの中型のヴァイオルを…

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