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天衣無縫
てんいむほう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本織田作之助全集 第二巻」 文泉堂出版
1976(昭和51)年4月25日
初出「文芸」1942(昭和17)年4月
入力者桃沢まり
校正者小林繁雄
公開 / 更新2008-08-30 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 みんなは私が鼻の上に汗をためて、息を弾ませて、小鳥みたいにちょんちょんとして、つまりいそいそとして、見合いに出掛けたといって嗤ったけれど、そんなことはない。いそいそなんぞ私はしやしなかった。といって、そんな時私たちの年頃の娘がわざとらしく口にする「いやでいやでたまらなかった」――それは嘘だ。恥かしいことだけど、どういう訳かその年になるまでついぞ縁談がなかったのだもの、まるでおろおろ小躍りしているはたの人たちほどではなかったにしても、矢張り二十四の年並みに少しは灯のつく想いに心が温まったのは事実だ。けれど、いそいそだなんて、そんなことはなかった。なんという事を言う人達だろう。
 想っただけでもいやな言葉だけど、華やかな結婚、そんなものを夢みているわけではなかった。貴公子や騎士の出現、ここにこうして書くだけでもぞっとする。けれど、私だって世間並みに一人の娘、矢張り何かが訪れて来そうな、思いも掛けぬことが起りそうな、そんな憧れ、といって悪ければ、期待はもっていた。だから、いきなり殺風景な写真を見せつけられ、うむを言わさず、見合いに行けと言われて、はいと承知して、いいえ、承知させられて、――そして私がいそいそと――、あんまりだ。殺風景ななどと、男の人の使うような言葉をもちいたが、全くその写真を見たときの私の気持はそれより外に現わせない。それとも、いっそ惨めと言おうか。それを考えてくれたら、鼻の上に汗をためて――そんな陰口は利けなかった筈だ。
 その写真の人は眼鏡を掛けていたのだ。と言ってもひとにはわかるまい。けれど、とにかく私にとっては、その人は眼鏡を掛けていたのだ。いや、こんな気障な言い方はよそう。――ほんとうに、まだ二十九だというのに、どうしてあんな眼鏡の掛け方をするのだろう。何故もっとしゃんと、――この頃は相当年輩の人だって随分お洒落で、太いセルロイドの縁を青年くさく皺の上に見せているのに、――まるでその人と来たら、わざとではないかとはじめ思った、思いたかったくらい、今にもずり落ちそうな、ついでに水洟も落ちそうな、泣くとき紐でこしらえた輪を薄い耳の肉から外して、硝子のくもりを太短い親指の先でこすって、はれぼったい瞼をちょっと動かす、――そんな仕種まで想像される、――一口に言えば爺むさい掛け方、いいえ、そんな言い方では言い足りない。風采の上がらぬ人といってもいろいろあるけれど、本当にどこから見ても風采が上がらぬ人ってそうたんとあるものではない、それをその人ばかりは、誰が見たって、この私の欲眼で見たって、――いや、止そう。私だってちょっとも綺麗じゃない。歯列を矯正したら、まだいくらか見られる、――いいえ、どっちみち私は醜女、しこめです。だから、その人だって、私の写真を見て、さぞがっかりしたことだろう。私の生れた大阪の方言でいえばおんべこちゃ、そう思って私はむしろ…

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