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親ごころ
おやごころ
著者
翻訳者秋田 滋
文字遣い新字新仮名
底本 「モオパツサン短篇集 初雪 他九篇」 改造文庫、改造社出版
1937(昭和12)年10月15日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2010-08-21 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一条の街道がこれから村へかかろうとするあたりに、這い込むような小さな家が一軒、道のほとりにたっていた。彼はむかしその家に住んでいた。土地の百姓のむすめを妻に迎えると、この男は車大工を稼業にして暮しをたてていた。夫婦そろってなかなかの稼ぎ屋だったので、世帯をもってしばらくたった頃には、どうやら小金もできた。ただ、夫婦のなかには、どうしたことか、子宝がなかった。二人にとっては、それが深いなげきの種だった。ところが、その子宝もようやく授かった。男の子だったので、ジャンという名をつけた。眼のなかへ入れても痛くない、子供の顔を見ないでは夜も日も明けないと云う可愛がり方。そして、車大工とその女房は、交わるがわるその一粒種を手にとって、撫でたり擦ったりしていた。
 その子供が五つになった時のことである。旅まわりの軽業師の一座がこの村へ流れて来て、役場のまえの空地に小屋をかけた。
 軽業師の一行をみたジャンは、こっそり家を脱けだした。父親は足を棒のようにして息子の行方をさんざ探ねて廻った※句[#「てへん+易」、U+63A6、120-12]、ようやく探し当てることが出来たのであるが、ジャンは、芸を仕込まれた牝山羊や軽業をする犬にとり囲まれて、年老った道化師の膝にのって、声をたててキヤッキヤッ笑っていた。
 それから三日たって、夕餉の時刻に、車大工とその女房が膳につこうとすると、子供がいつの間にか家にいなくなっていることに気がついた。庭のなかを探してみたが、やッぱりいない。そこで父親は道ばたに出て、声を限りに呼んだ。
「ジャン! ジャーン!」
 もう暮色が蒼然とあたりに迫っていた。夕靄が烟るように野末にたち罩め、ものの輪廓が、ほの暗い、はるか遠方にあるように見えた。道ばたに三本立っている見あげるような樅の木までが、まるで泣いてでもいるように潤んで見えた。が、呼べど呼べど、応える声はなかった。けれども車大工には気のせいか、その辺の闇のなかで呻くような声が幽かに聞えるようだった。彼はながい間じッと耳を澄して聞いていた。ある時は右の方に、またある時は左の方に、絶えず何かしら聞えるような気がした。今はもう気も顛倒してしまった彼は、我が子の名を呼びつづけながら、闇の中をかき分けるようにして馳けて行った。
「ジャン! ジャーン!」
 こうして彼は、烈しい悲しみに打ち拉がれ、時には気が狂ってしまったのではあるまいかと思いながら、闇のなかに絶えず我が子の名を呼びつづけ、夜あるきをする獣を怯えさせながら夜が明けるまで馳け[#挿絵]った。――女房はまた女房で、戸口の石のうえにべッたり腰をついたまま、朝になるまで、おいおい泣いていた。
 子供はとうとう見つからなかった。
 そこで車大工とその女房は、忘れようとしても忘れられない、その悲しみのうちにめッきり老けてしまった。
 とうとう家もひと手に渡し…

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