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ディカーニカ近郷夜話 前篇
ディカーニカきんごうやわ ぜんぺん
副題06 紛失した国書
06 ふんしつしたこくしょ
著者
翻訳者平井 肇
文字遣い新字旧仮名
底本 「ディカーニカ近郷夜話 前篇」 岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年7月30日
入力者oterudon
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-09-04 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ぢやあ、もつとわしの祖父の話を聴かせろと仰つしやるんで?――よろしいとも、お伽になることなら、なんの、否むどころではありませんよ。ああ、何ごとも昔のこと、昔のこと! 遠い遠い、年代や月日のほども聢とはわかりかねる大昔にこの世にあつた話を聴く時の、嬉しさ娯しさといつたら! ましてやそれが、祖父とか曾祖父といつた自分の身内の者の登場してくる話ででもあらうものなら、それこそ――自分が曾祖父の魂のなかへ潜りこむか、それとも曾祖父の霊が自分の中へ忍び入るかして、まるで自分自身に経験したことのやうな思ひがされるものぢやて。それが嘘だつたら、大殉教者ワルワーラ尼の讃仰歌を唱へるとき、わしが窒息してしまふやうに手を振つて呪禁つて下すつてもよい……。いや、わしには何より娘つ子や新造が苦手なんでしてな、あの手合に見つかつたが最期、『フォマ・グリゴーリエ[#挿絵]ッチ! フォマ・グリゴーリエ[#挿絵]ッチ! ようつてば、なんか怖いお話をして下さいつたら? ようつてば! ようつてば!……』つてんで、ねだること、ねだること……。決して聴かせるのを吝むわけではないが、晩に寝床へ入つてからあの連中がいつたいどんなことになるかを考へて頂きたい。どれもこれも蒲団の下でまるで瘧でもわづらつてをるかのやうにガタガタ震へて、まだその上に、自分の毛皮外套のなかへ頭を突つこみかねないことを、ちやんとわしは知つてゐるのぢや。鼠が壺をバリバリ引つ掻くとか、自身で火掻棒につまづくとかすると――さあ大変だ! 魂は踵のなかへ飛びこんでしまふのぢや。ところが、あくる日になると、もうけろりとして、又してもうるさく附き纏つて来る。そこでまた改めて何か怖ろしい話をして聴かせるより他に手はないといふことになるのぢや。それは扨て、あなた方にはどんな話をお聴かせしたものかな? どうも、おいそれとは頭へ浮かんで来ませんぢやて……。おお、さうぢや、今は亡きわしの祖父が妖女と[#挿絵]*阿房[#挿絵]の勝負をやらかした話を一つ聴かせませう。ただし、前もつてお断わりしておきますが、どうか、中途で話の腰を折らないやうにお願ひいたしたい。でないと、とんでもない不味いものが出来あがつてしまひますからな。さて、亡きわしの祖父は、その頃の普通の哥薩克とは、てんで異つてをりました。彼はスラブ語の綴りから、正教会用語の略語標の置き方まで、ちやんと心得てゐたものぢや。祭日に使徒行伝でも読ませようものなら、今どきのそんじよそこいらの祭司の息子などは裸足で逃げ出してしまふくらゐ。御承知の通りその頃といへば、*バトゥーリンぢゆうから読み書きの出来る手合をすつかり狩り集めて来たところで、帽子でと言ひたいところだが、なんの、片手で残らず掬ひとつてしまふことが出来たくらゐなんでな。それだから、祖父に出あふと誰彼の別なく慇懃に挨拶をしたのも至極尤もな話ぢやて。…

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