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寒桜の話
かんざくらのはなし
作品ID47234
著者牧野 富太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「花の名随筆1 一月の花」 作品社
1998(平成10)年11月30日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2008-01-01 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 カンザクラというサクラの一種があって、学名をプルーヌス・カンザクラ(prunus Kanzakura, Makino)と称する。落葉喬木で多くの枝を分かち、繁く葉をつける。高さはおよそ一丈半くらいにも成長し、幹はおよそ一尺余にも達する。
 このカンザクラは、ふつうのサクラよりはずっと早く開花する。寒いときに早くも花が咲くというので、寒桜の名がある。彼岸ザクラに先だち、すなわち二月には花がさくので、ふつうのサクラの先駆けをする。しかし東京では寒気のためにその花弁が往々傷められがちであるが、駿州辺のような暖地ではまことにみごとに開花する。
 東京ではかの荒川堤に二、三本あって、よく花が咲きおったが、私ももはや久しく同堤へ行かないから、今日果してそれがどうなっているか分からない。それはかなり大きな樹であったため、たぶん今日でもなお存しているであろう。しかし同堤の桜樹のようにだいぶ弱っていはせぬかと想像する。
 東京上野公園内、東京帝室博物館の正門を入ったすぐ正面より少し右の地点にカンザクラの老樹一本があって、毎年花が咲くとよくその写真が新聞紙上に出て、上野公園のヒガンザクラが咲いたとその名を間違えて書いてあった。
 公園唯一のこのカンザクラは、今日はその樹がどうなったか、ここも私は久しく行かぬゆえ今その辺の消息が分からないが、大震災後同館内もだいぶ変わったから、今日では果してそれがどうなっているか、安全? 異変があった? そこへ行ってみれば分かることだが、もしも旧来からの場所に見えないとならば、この名樹は今どこへ移されたか、あるいはむざんに切られたか、それを突き止めてみたい気もする。
 右博物館内のこのカンザクラについては、ここに左の話を書き残しておかねばならぬことがある。このカンザクラは私にとっては思い出の深い一樹であるからである。
 明治から大正へかけて、私は一度右の帝室博物館の天産部に兼勤していたことがあった。それはむろん大震災の前であった。その時分には上野公園は博物館と同じく宮内省の所属であって、公園は博物館で管理していた。当時私の考えたのには、もしあの早く咲くカンザクラが少なくも十本でも二十本でも上野公園内に植えられ、同公園に一族の桜花が他の花に率先して咲いてその風景に趣を添えたとしたら、どれほどみなの人に珍しがられることであろうと信じた。
 そこでそのとき上手な植木屋に命じて、その一本の親木から接ぎ穂を採って用意せる砧木に接がせてみた。しかしどうも活着がむつかしくて、やっと二本だけ成功させたので、これを公園へ出す前にまずそれを母樹の傍へ植えさせた。
 幸いにこの二本の幼樹がその後勢いよく生長しつつあったが、今日はそれがどうなっているのかと、ときどきこれを思い出すのである。元来当時自分の意見で上のように実行したものであるから、おりに触れてこれを回想する…

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