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幼き頃の想い出
おさなきころのおもいで
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「塔影」1933(昭和8)年5月
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-08-08 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     古ぼけた美

 東京と違って、京都は展覧会を観る機会も数も少のうございますが、私は書画や骨董の売立のようなものでも、出来るだけ見逃さないようにして、そうした不足を満たすように心掛けて居ます。そうして、そのような売立なぞを観に参りまして、特に興味を惹かれますのは、評判の呼び物は勿論でございますが、それよりも片隅に放擲されて、参観者の注視から逸して淋しく蹲って居る故も解らぬ品物でございます。そこに私はゆくりなく慎ましい美を発見するのでございます。たとえばその昔女郎の足に絡わって居た下駄だとか、或いは高家の隠居が愛用して居た莨入だとか、そういったトリヴィアルなものに、特殊な床しい美が発見されるのです。そこにも又尊い芸術の光、古典の命が潜んで居ます。適切に申せばそれらは「古ぼけた美」とでもいうべきでございましょう。

     菊安のことども

 そうしたことにつけても思い出されるのは、私の幼い日のことどもでございます。私がまだ尋常三年生かそこらの頃、私達一家は四条の河原町の近くに住居を持って居りましたが、その河原町の四条下った東側に菊安という古本屋がございました。明治二十年過ぎのことでございますから、その菊安の店に並べられて居る古本類には徳川時代の版刻物、絵本や読本の類が数多く占めて居ました。
 そうした版刻物の中には、曲亭馬琴の小説類が殊に多うございました。たとえば水滸伝だとか、八犬伝だとか、弓張月だとか、美少年録だとか、馬琴のものならほとんど総べて揃って居たように記憶します。そうしてその[#挿絵]絵には殊に葛飾北斎のものが多く、その他当時の浮世絵師の[#挿絵]絵が豊かに[#挿絵]まれて居ました。
 私の母は非常に絵画趣味や、文学趣味に富んで居て、その血が私に遺伝したわけでございますが、何しろ菊安が家の近くだったものでございますから、母は屡[#挿絵]その菊安へ駆けつけて、そうした馬琴の読本やいろんな絵本を一束ずつ買って来たものでございます。そうして母子してその読本を翻しながら、絵を眺めることに非常な享楽を得たものでございます。殊に私はそれ等の版画をその儘、手当り次第に模写するのが、子供心の非常な感興でもありましたし、それが少女時代の重要な生活の一つになり、離すことの出来ない習慣性にもなりました。そうして屡[#挿絵]私から母にせがんで、菊安へ買い求めに行って貰ったものでございます。その中には有名な「北斎漫画」などもございましたが、その時代のことですから、非常な廉価で買い得られたわけで、何しろ小銭をちょっとひと握りして行けば、そうした古書を一束抱えて帰ることが出来たほどですから、実に安価だったわけでございます。

     馬琴と北斎の想い出

 何分にも少女時代のことですから、馬琴が何か、北斎が何か、確実な理解も持たずに、享楽し、且つ執着して居たわけでご…

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