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画筆に生きる五十年
がひつにいきるごじゅうねん
副題――皇太后陛下御下命画に二十一年間の精進をこめて上納――
――こうたいごうへいかごかめいがににじゅういちねんかんのしょうじんをこめてじょうのう――
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「婦人の友」1937(昭和12)年10、11月号
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-11-04 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今夏は、私は誠にすがすがしい心持でおります。と申しますのは、この六月、皇太后陛下御下命の御用画の三幅双を完成いたしまして、折りから、京都行啓中の陛下に、目出度く上納申し上げ得たからでございます。
 新聞紙上に二十一年前からの御用命を果たしたと書かれてありましたが、思えば大正五年の秋、文展第十回展開催中、御用命を拝したのでございましたから、なるほど二十一年の歳月が経ったわけでございます。
 当時、私は四十二歳でありました。文展第十回展には、「月蝕の宵」を出品いたしました。当時、皇后陛下で在らせられた皇太后様は、毎年文展に行啓あらせられ、殊のほか絵画に御興深くあらせられるように拝されました。この年、私の「月蝕の宵」がお目に止まったものか、突然、「御前揮毫をせよ」という電報を、京都の宅でお受けいたしました。早速上京いたしまして、文展の会場、府美術館内で御前揮毫の栄に浴しました。描きましたのは鎌倉時代の白拍子でございました。
 御前揮毫の栄には、その後二度浴しました。大正六年に京都行啓の砌、京都市公会堂で、梅の木を配して鶯の初音をきいている享保時代の娘を描きました。初音と題しました。次は大正七年文展会場で、藤原時代の紅葉狩の風俗を描き、叡覧に供しました。御前揮毫は、いずれも御前で短時間で描きますので、即興的に、色も淡彩でほどこし、そのまま献上いたすわけでございます。
 最初の御前揮毫の節に、当時の皇后宮太夫三室戸伯爵を通じて、改めて二幅双か、三幅双の揮毫を、上納申し上げるようにという御用命を拝したのでございました。早速、構想を練り「雪月花」の三幅双の小構図を美濃紙に描き、伯爵を通じてお納めいたしますと、「これでよいから、大きさはかくかく」というお言葉を賜りました。その時以来、毎年毎年春が回って来ると、今年こそは、上納の画に、専心かかろうと心に定めております。すると、あっちからも、こっちからも、以前から依頼されておりました催促が来ます。「父の代からお願いしたのに、今度は孫が嫁を貰おうとしていますから、是非それまでに一つ」というようなこともいわれますと、どうも断わりきれなくなりまして、まあそれだけ一つと描き始めます。
 私の画は、元来密画ですから、どんな小さいものでも、一気にサッと描けるものはありません。構想を練り、下絵を描き、はじめて筆をとるのですから、時日もかかります。また、私はどんな用向きの画でも、現在の自分の力を精一杯尽くして描かなくては、承知できない性ですので、いい加減に急ぎの頼まれものを、片づけてしまうというようなことがどうしてもできません。こうして、間に一つ仕事をはさみ込みますと、どうも気持ちが二つに割れて工合よくゆきません。気軽にかかれるものでしたら、さっさと、次の仕事に移れますが、上納の画こそは、永久御物として、御保存のごく名誉の御用画として我が精根…

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