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辞書の客観性
じしょのきゃっかんせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻74 辞書」 作品社
1997(平成9)年4月25日
入力者小原遼
校正者小林繁雄
公開 / 更新2008-02-10 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私がヴォルテールの『哲学辞書』を買つたのは、たしか大黒屋といふ本屋であつたと思ふ。これは京都ホテルの前にあつた洋書屋で、ホテルに来る外人が主な客であつたらしいが、現在はなくなつてしまつたやうだ。京都で洋書を売つてゐたのは丸善とこことの二軒であつたので、私は学生時代に折々出掛けて行つたが、或る時この本を見出したのである。初めそれを手に取つたとき、ヴォルテールと哲学辞書とがうまく結び附かなかつた。ヴォルテールが辞書を編纂するやうな人と考へられなかつたし、その内容も一見普通の辞書のやうではなかつたので、当時フランスのものについて知識の極めて貧弱であつた私は、実は、半信半疑であつたのだが、ともかくフランマリオンの叢書であるから、信用して買つて帰つた。今思ひ出して恥しい次第である。
 その時分フランス語があまり読めなかつた私は、語学の勉強のつもりで、字引を頼りに永い間かかつてこの本を一通り読んでみた。それからである、辞書についての私の観念が変つたのは。それまで辞書といへば、言葉の意味が分らない時に引くもので、その記述は客観的で筆者の私見など加へらるべきものではないと考へてゐた。ヴォルテールの哲学辞書はこれとはまるで反対のものであつたのである。項目は彼の立場から極めて主観的に選択され、それについて自分の哲学的見解が甚だ自由に述べられてゐる。その後東京に住むやうになつてから、或る時、京都へ行つたついでに丸善へ寄つたら、この本の英訳書があつたのも、何か妙な縁であるやうに思はれた。
 辞書は引くもので、読むものではないといふのが通念であらう。だが私は今、この考へ方を改めて、辞書は読み物であり、しかも恐らく最上の読み物の一つであると思つてゐる。仕事に疲れた時、無聊に苦しむ時、辞書を読むのは、なかなか楽しいものである。小型のもの、大型のもの、その時々の心理的状況に応じて適当に取り出すことにする。語学の辞書なども面白い読み物であるといへる。
 高等学校時代には、私は畔柳郁太郎先生から英語を習つたが、先生は生徒に必ずウェブスターとかセンチュリーとかいつた大きな辞書で調べてくるやうに命ぜられた。それを一々引くのは面倒な仕事であつた。そのうへ私どもは誰もそのやうな高価な辞書を自分で持つてゐなかつたので、学校の図書館へ通はねばならなかつたのである。そんなわけで、小さな英語辞書、英和辞典でさへ間に合ふものを、わざわざウェブスターやセンチュリーを引かせることは、あまりにペダンチックではないか、などと云つて、私どもは内々不平であつた。しかし今にして思ふと、もしあの当時、辞書が読み物であるといふことが分つてゐたら、私どもはどんなに多くの利益を得てゐたことであらう。
 昨年の秋、私はピエール・ベールの『歴史・批評辞書』を手に入れることができた。これは三巻から成る第二版で、一七〇二年の発行である。別…

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