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鴻ノ巣女房
こうのすにょうぼう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集」 講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年4月10日
初出「文芸」1941(昭和16)年10月号
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2008-09-27 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 隣りの紺屋の婆様から、ぎんはこんな昔語りをきいた。
 或る山の中に男が一人小屋がけをして住んでいた。働いても働いても食うに事かく有様で、おのれの行末を考えては心細がっていた。或る晩大風があってほうぼうの大木が倒され畠の粟や稗がみんな吹きこぼれて、あっちこっちで助けてけろ助けてけろという叫び声がする。男は行きつけの旦那衆の手伝いをして家に帰って寝たが、夜中にどこからか助けてけろ助けてけろというかぼそい叫び声がきこえる。はて何処だべと思いながら夜を明かした。朝になって山へ柴刈に行ったが、まだゆうべの助けてけろ助けてけろという声がするから、だんだん尋ねて行くと、きのうの大風で倒れた古木の洞に住んでいた鴻の鳥が、木の間に体がはさまってどうすることも出来ずにキイキイ鳴いているのであった。男は苦労してその木を伐り倒して鳥を助け出し、傷んだ羽根を撫でてやったが鳥はつかれていてうまく飛べない。やっと飛び上ったかと思うと、ばさばさと地に落ち、飛び上ったかと思うと、地に落ちる。男は稼がなければならぬので思いを残しながら振りかえり振りかえり立ち去った。鳥は涙を流してその後ろ姿を見送っていた。或る雨あがりの日、男が山へ柴刈に行くと、若いきれいな女がやっぱり柴刈をしていた。女は笑いかけて、お前に行き会いたかったと声をかける。お前は誰れだと云っても、女はただ笑ってばかりいて、せっせと柴を採る。夕方になって男が帰りかけると女もついてきた。俺はこんな貧乏者だからお前のような女子に来られては困ると云っても、拝むようにしてどうか置いてけれせという。そしてふところから紙捻を出して、その中から米粒を二粒出して鍋に入れて煮ると、鍋が一杯になって二人で夕飯を腹いっぱい食べた。女は昼間は山へ柴刈に行くし夜は機を織ったりして休む間もなく働いている。だんだん日がたつと女は家にいて朝から晩まで機を織るようになった。そのうち二人の間に女の子が生れ、三年たつと女はやっと機を織り下して、良人に、これを町さ持って行って売ってきてけれせと云った。男はなんたらこんなもさもさした毛織物なんぼの値があるべえや、それも売れればよいがと心配顔をすると、女はこれは私の精をこめて織ったものだから三百両であったら売ってもよいという。町の大店の旦那様の処へ行くと、大そう喜んで家の宝にするとて言い値で買い取ってくれたので、男は驚いて大金を持って帰って来た。そして、この織物のおかげで、ひどく裕福に暮せるようになった。或る夜、その女が云うには、娘ももう食べ物をやっておけば大丈夫だから私に暇をくれろという。男は驚いて何して今頃そんなことを云うのかと尋ねると、これまで私もずいぶん稼いだけれど今では精も根もつきはてたから元の性に還りたい。実は私はいつぞやお前に助けられた鴻の鳥である。なぞにかして御恩返しをしたいと思って私の代りに一人娘を残して行く…

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