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星のわななき
ほしのわななき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の原爆文学1 原民喜」 ほるぷ出版
1983(昭和58)年8月1日
入力者ジェラスガイ
校正者林幸雄
公開 / 更新2002-09-23 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、
「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。
「健在ですよ」と答へるものの、相手には何か腑に陥ちない様子がうかがはれるのであつた。してみると、どうもあのところは書き足りないのではなかつたかと思へる。それで、甥のところだけを切離してちよつと書添へておく。

 私たちは八月六日に広島で遭難し、八日に八幡村に移つたが、中学一年生の甥だけはまだ行衛不明であつた。末子の死体をまざまざと途上で見て来た両親は、長男の方のことも、口に出しては云はなかつたが、殆ど諦めてゐたらしい。ある昼、突然、縁側で嫂の泣き喚く声がした。
「わあ、生きてゐたの、生きてゐたの」
 と嫂は廿日市から自転車でその甥の無事だつたことを報らせに来てくれた長兄にとり縋るやうにして泣き狂つた。甥はしかしその日、廿日市の長兄のところまで辿りついたが、疲労のためまだこちらへは帰つて来なかつた。甥がこちらへ戻つて来たのはその翌日であつた。
 戻つて来た甥は思つたより元気さうだつた。あの朝、建もの疎開のため動員されて恰度、学校の教室にゐたが、光線を見た瞬間、彼は机の下に身を潜めた。次いで教室は崩壊したが、机の下から匐ひ出すと、助かつてゐる生徒は四五名しかゐなかつた。みんなは走つて比治山の方へ向かひ、途中で彼も白い液体を吐いた。――かういふことを語る甥はいたつて平静であつた。一緒に助かつた友達と翌日、汽車に乗り彼はその友達の家へたどり着いた。そこで四五日滞在し静養してゐたのである。この神経質でおとなしい少年は、何か鋭い勘とねばりを潜めてゐた。奇蹟的に助かつたのも、偶然ではなかつたのかもしれない。だが、甥にとつての危機は決してこれで終つたのではなかつた。戻つて来た甥は二三日すると、私の妹と一緒に遠方の知人のところへ、野菜を頒けてもらひに出かけた。朝はやく出かけ、山一つ越えて行くのだつた。妹は昼すぎに戻つて来たが、甥は四五町さきの農家の軒下に蹲つてゐるといふことであつた。暑さと疲れのため、もうどうしても歩けなくなつたのである。やがて日が傾いた頃、甥は蒼ざめた顔で戻つて来た。まだ戦災の疲れも癒えてゐないのに、ここではみんなが空腹のまま無理をつづけなければならなかつた。台所の土間からつづく二畳の部屋が食事をする場所だつたが、そこに坐ると、破れ窓を塞ぐためにマツチのレツテルらしい一メートル四方位の紙がぶらさげてある。その毒々しい細かい模様を眺めると、それがそのまま何か血まみれの記憶と似かよつてゐた。小さな姪たちは耳や指を火傷してゐたし、次兄の肩の傷もヒリヒリと痛むらしかつた。
 ある朝、食事の箸をおいた甥は、ふと頭に手をやつて、「髪の毛が抜ける」と云ひだした。
「禿頭になつたのかしら、ひとの帽子を借りたので」と不審がる。さういへば…

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