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随筆 寄席囃子
ずいひつ よせばやし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寄席囃子 正岡容寄席随筆集」 河出文庫、河出書房新社
2007(平成19)年9月20日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-01-14 / 2014-09-21
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   寄席囃子



    当代志ん生の味

 当代の噺家の中では、私は文楽と志ん生とを躊躇なく最高位におきたい。文楽は菊五郎、志ん生は吉右衛門、まさしくそういえると思う。ただし、芸質の融通無礙なところでは志ん生の方が菊五郎らしく、双方の芸を色彩にたとえていえば文楽の方がハッキリと明色で六代目らしい。そのくせ一字一劃を疎かにしない文楽の小心さ几帳面さは吉右衛門を思わせ、志ん生のいい気な図太さは六代目に似かよっているのだからなかなかおもしろい。
 最近鴨下晃湖画伯も「落語三人男」と題してほぼ私と同様の意見で文楽、志ん生、可楽について論評されたが、その中の志ん生に関するくだりだけを引用してみよう。
 曰く、
志ん生の飄々として「テニヲハ」の合わぬ話し振りの中に奇想天外な警句と愉快な諧謔の連続にいつしか聴き手を不可思議な八ッあん熊さんの世界に引き込んでゆく可笑しさ、とめどもないような中に本格の修業を失わないところ、彼独特な「マクラ」の奇抜な面白さ、また現在の彼の地位も不当ではない。

 ほんとうに志ん生は早くからこの社会へ身を投じていながら、若い時分をずぼらにでたらめに暮らしすぎたため転落し、そのため一時はずいぶんひどい貧乏暮らしをしていた。本所業平の陋巷、なめくじばかりやたらにいる茅屋にいて、その大きい大きいなめくじはなんと塩をかけると溶けるどころかピョイと首を振ってその塩を振り落としてしまうというのである。志ん生(その頃は甚語楼といったり、隅田川馬石といったり、また古今亭志ん馬になったりしていた)のお神さんに至ってはこのなめくじに踵まで食いつかれた。
「あんな腹の立つものはありませんね、ナイフで斬ったって血は出やがらねえし」
 よくその時分、志ん生はこう言っていたが、「血はでやがらねえし」は巧いではないか。今日、彼のギャグのおもしろさがもうこの時に立派な萌芽を示していると思う。しかしその骨の髄まで滲み透るような貧困のどん底生活は、いろいろと彼にめげない逞しさを与えた。持ち味のおかしさにも、もっともっと本物の底力ある磨きをかけてくれた。恐らくこの「生活」なくして今日の古今亭志ん生は得られなかったろう。でも、どうしてその時分この生活こそのちの最大幸福の原動力なりと本人はもちろん、我々にしても知り得たろう。すべては神のみぞしろしめす、である。
 何より私はそうした彼の数奇な半生に、私自身の姿を見出さずにはいられないのだ。私自身もまた年少にして文筆の生活に入り、時流に耐える底力なく自棄の生活を送っているうちにすッてんころりんと落伍してしまい、ひどいひどい貧乏暮らしのありッたけをしてから、やっとこの頃多少でも自分の好きなものだけを書いて世間に問うことができてきたのである。世の中へ出たことは志ん生の方が私より三、四年早かったけれども、志ん馬から馬生と彼の売り出し時代、ほ…

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