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ある手紙
あるてがみ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の原爆文学1 原民喜」 ほるぷ出版
1983(昭和58)年8月1日
入力者ジェラスガイ
校正者門田裕志
公開 / 更新2002-09-25 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

佐々木基一様

 御手紙なつかしく拝見しました。あなたから手紙をいただいたり、そのまた御返事をこうして書くのも、思えばほんとに久振りです。空襲の激しかった頃には私はよくあなたやほかの友人に、いつ着くかあてもない手紙を、何の意味もない手紙を、重たい気分で、しかも書かないではいられない気持に駆られて書いたものです。が、今こうしてペンを執ってみると、ふと何となしにそんな奇妙な気分がするのはどうしたことなのでしょう。
 私ははじめて『近代文学』第一号を手にした日のことを思い出します。当時、広島で罹災して、寒村の農家の二階で飢えていた私は、むさぼるようにあの雑誌にとびつき、ひどく興奮したものです。久しい間、ああしたものに飢えていた所為もあったでしょう。しかしまたそれにはそれで人を感激さすだけのものがあったようです。たしかにこれは新しい文学運動の中心になるだろう、そんな風な予想からあの雑誌の順調な発展を祈らないではいられませんでした。その後、あなたたちの雑誌は多くの困難を克服しながら、みごとな発展を遂げています。『よくも揃いも揃って優秀なメンバーを集めたものだ』など世間の噂をきくたびに私は何となくうれしいのですが、終戦以来今日に到る迄の混乱と虚脱のなかにあって、つぎつぎに生彩ある問題を提起し検討してゆく、あなたたちの精力と速度、それから、現象にひきずり廻されない確固たる立場にとくべつ感心するものです。
 私は広島の惨劇を体験し、次いで終戦の日を迎えると、その頃から猛然として人間に対する興味と期待が湧き上りました。『新しい人間が生れつつある、それを見るのはたのしいことだ』東京の友人、長光太からそんな便りをもらうと、矢も楯もたまらず無理矢理に私は東京へ出てまいりました。
『新しい人間』を求めようとする気持は今もひきつづいているのですが、それにしても、今ではその気持が少し複雑になっています。何といっても、敗戦直後は人間の悲惨さえ珍しく、それにはそれにつづく漠たる期待もありました。三年を経た今日では人間の生存し得るぎりぎりの限界にまで私は(生活力のない私は)追いつめられています。この手紙を書きながらも、ふと空襲警報下にあるような錯覚と気の滅入りを感じるのもそのためなのでしょう。
 それにしても『日本沙漠』とは近頃、誰が云いだした言葉なのでしょう。花田清輝も、沙漠について、砂について、蟻地獄について、さまざまの考察をしているようですが、どうかするとこの頃は人間の魂まで砂のなかに埋没されそうになるのです。
 昨年火蓋を切られた『新日本文学』対『近代文学』の論争も、その後焦点が紛糾しすぎてちょっと分りにくくなった節もありますが、結局は人間と現実に対する測定の立場の相違かもしれません。この二十年間の社会と文学のうごきを知るものにはあのような論争が避け得なかったこともほぼ推定されます。そ…

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