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殺人狂の話
さつじんきょうのはなし
作品ID47762
副題(欧米犯罪実話)
(おうべいはんざいじつわ)
著者浜尾 四郎
文字遣い新字新仮名
底本 「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」 光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日
初出「探偵」1931(昭和6)年5月号
入力者川山隆
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-11-30 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 殺人という大罪を犯すには種々な動機がある。一番多いのは、怨恨とそれから利慾だろう。
 怨みで人を殺すもの、金をとろう又は財産を得ようとして人を殺すもの、これ等はずい分数もあり日常の新聞紙上などにも盛んに出されるところだから一般にその理由はうなずく事が出来る。
 ところがここに何等左様な原因がなくて人殺しを敢行する人間がある。彼らに「何故、人殺しをしたか」ときけば彼らはただ「殺したかったから殺した」とか或は「ただふらふらと殺したくなったからやっつけたんだ」と答えるのである。即ち「殺人の為の殺人」を行う手合で、まことに物騒千万な人達であり、犠牲者こそいいめいわくと云いたいようなものだ。
 怨みの為に殺される人、金をもっていて殺される人などは、仮令自分達に責任はないにしろ一応犠牲者の方にも殺される理由があるのだが、殺人狂の被害者に至っては、まったく出たとこ勝負、偶然中の偶然、殺人狂に出会したのが一生の不運というより外云いようがない。
 殺人の為に殺人をする殺人狂の中にも、裁判の結果、全く狂人として無罪を言渡される者と、一人前の人間として死刑台に上るものとの二種類がある。以下その例を少しく記して見よう。

     一、ヴァッヘル事件

 南欧の「ジャック・ゼ・リッパー」と称せられたヴァッヘルは、まさしく殺人狂の一人であった。
 彼が全くの狂人であったかどうかは、専門家の間に可なりの問題を惹起した。
 仏国ボーフォールに生れた彼は、一八九〇年ブサンソンの第六十聯隊に勤務したが既にその頃から野性を発揮して同僚達に恐れられはじめた。
 除隊間際に、一人の若い女と恋に陥ったが嫉妬の為に、彼女をピストルで射撃し(但し、殺すには至らず)自分はその場で自殺をはかったが之も未遂に終った。ただこの時、自分のピストルで右耳を射たので以後、右耳は全くきこえなくなり、顔面に時々はげしい痙攣をおこすようになってしまった。
 其後も彼はだんだん乱暴を働き暴行をするのでとうとう法廷につれ出されるかわりに、サンロベールの気狂病院に入れられるに至った。
 若し彼が此のままいつまでも病院にはいって居たならば彼の為にも他人の為にも、之から犯すような大きな不幸は起らなかったであろうが、不幸にして――然りまことに不幸な事には、一八九四年の五月一日に、ヴァッヘルは全治せるものとして退院を許されたのである。
 彼は此の時から、「惨劇の浮浪者」となりおおせたのだ。
 一八九六年三月まで、オート・ロアルやコート・ドールなどを浮浪した揚句、ついにショーモンまで来たがそこで或る男を殴って捕まり、ボーヂェの刑務所に入れられた。
 ところがこの時までに彼は既に八つの犯罪を行って来たのであったが、その一つも彼に嫌疑がかかっていなかった。
 その中の最後のものは、三月一日に、ドルーという十四歳になる少女を襲った犯罪であった…

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