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夏の手紙
なつのてがみ
副題立原道造に
たちはらみちぞうに
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
初出「新潮 第三十四巻第九号」1937(昭和12)年9月号
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2013-06-14 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

七月二十五日、信濃追分にて
 この前の土曜日にこちらに來るかと思つてゐたが、とうとう來られなかつたね。君のゐる大森の室生さんの留守宅の方へ手紙を出すと、どうも郵便物はみんな輕井澤の別莊の方へ[#挿絵]送されてしまふらしいから、君の働いてゐる建築事務所宛にこの手紙を出すことにした。が、どうも輕井澤に建てるヒュッテの設計を頼む手紙ででもあるのならいいが、君に詩集を貰つたお禮を書くんぢやあ、なんだか少し變な氣がするね。
 君の詩集(「萱草に寄す」)、なかなか上出來也。かういふものとしては先づ申分があるまい。何はあれ、我々の裡に遠い少年時代を蘇らせてくれるやうな、靜かな田舍暮らしなどで、一夏ぢゆうは十分に愉しめさうな本だ。しかしそれからすぐにまた我々に、その田舍暮らしそのものとともに、忘られてしまふ……そんな空しいやうな美しさのあるところが、かへつて僕などにはarri[#挿絵]re-go[#挿絵]tがいい。
 まあ、君の詩集のことは今はこの位にして置いて、そのうちゆつくり批評をしよう。ただ一ことだけ言つて置きたい。君は好んで、君をいつも一ぱいにしてゐる云ひ知れぬ悲しみを歌つてゐるが、君にあつて最もいいのは、その云ひ知れぬ悲しみそのものではなくして、寧ろそれ自身としては他愛もないやうなそんな悲しみをも、それこそ大事に大事にしてゐる君の珍らしい心ばへなのだ。さういふ君の純金の心をいつまでも大切にして置きたまへ。

          [#挿絵]

 この頃君の寄こす手紙は、そんな詩をいい氣持で書いてゐた學生の頃とはだいぶ異つて、すこし不安で苦しさうだが、さういふ粗野な現實に辛抱づよく耐へてゐる君の姿が手紙のうちにもだんだんしつかりして來るやうに見えるので、大へん嬉しい。詩作などのことについてだつたら、ともかくも、そんな生活の上の助言などは僕にはとても出來さうもないからね。又、さういふものは、それ自身としてどんなに立派な助言だらうと、いかに空しいものか! ――僕はこなひだ京都に滯在してゐたとき、或日、獨逸文化研究所にO君を訪ねて行つたことがある。O君はまだ來てゐられなかつたので、僕はしばらく大きな應接間で一人きり待たされてゐた。――僕はそこでぼんやりと煙草を二三服したのち、何氣なく傍らの卓子の上に置いてあつた獨逸の新聞の束を手にとつて、ばらばらとめくつてゐると、それへ毎號繪入小説を連載してゐる作者の名前がどこかで見覺えのあるやうな氣がしてきたが、そのうちその小説の第一囘の冒頭にその作者のことが寫眞と共に小さく紹介してあるのを見ると、それはリルケがあの有名な手紙を書いて與へた往年の若き詩人――フランツ・クサヴェア・カプスなんだ。あのカプスがいまはこんな繪入小説を書いてゐるのか、と僕はしばらく自分自身の眼を疑つた。が、まさしくカプスだ。もつとも、あの「若き詩人への手紙」の序文…

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