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「スタヴロギンの告白」の訳者に
「スタヴロギンのこくはく」のやくしゃに
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四巻」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
初出「作品 第五巻第七号」1934(昭和9)年7月号
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-07-07 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 リルケの「M・L・ブリッゲの手記」を譯してゐると、神西清がきて、いきなり今晩中に何でもいいから自分宛に手紙を書いてくれと言ふのだ。何にするんだと訊いたら、それでもつて「スタヴロギンの告白」の新刊批評に代へたいと云ふのだ。何でもいいなら書くよ、と承諾した。それから今度一緒に譯すジィドの「田園交響樂」の打合はせなどして、神西は十時頃歸つていつた。さあ、一人になつたから、何でも手あたり次第に書いていつて、いい加減の枚數になつたらやめるつもりだ。
 僕が丁度いま、近いうちに詩の雜誌として再刊することになつてゐる「四季」のために飜譯しかけてゐる「M・L・ブリッゲの手記」は、その「田園交響樂」と妙な縁があるのだ。一月ばかり前に、僕はジャアマン・ベエカリイで或る男とはじめて會つた。その男はそのとき、僕のところによく遊びにくるT君と一緒のテエブルにゐた。店が混んでゐで他に空いたテエブルがなかつたので、僕もそのテエブルに割り込ませて貰つた。しかし始めて會ふ人にはどうも人見知りをする癖があるので、僕は默つて、買つてきたばかりの獨逸譯の「田園交響樂」をいぢくつてゐた。するとその知らない男はそれがジィドの本だと分かると、きふに親しさうに僕に口をきいた。二人の間にジィドのものの獨逸譯の話が出た。リルケも「放蕩息子の歸宅」かなんかを譯してゐるといふことを始めてその男から教はつた。それから話はリルケに移つた。その男はリルケがずゐぶん好きらしい。「M・L・ブリッゲの手記」の一節などを僕に話してくれた。僕はその時から急になんだかその本を讀みたくなつて、二三日後、そのとき傍にゐたT君に頼んで、その人の藏書を借り受けることにした。いま、僕の机上にあるのはその人の本なのだ。最近、ジィドもこの「M・L・ブリッゲの手記」の一節を佛蘭西語に譯してゐるといふことを人づてに聞いた。
 僕はこんな風に、偶然自分の手にころがり込んできたやうな本を讀むことが大好きだ。コクトオが病院でこの「M・L・ブリッゲの手記」を讀みたがつてゐたことを思ひ出した。しかし本屋に買ひにやらせたり、友人に借りたりするんでなしに、看護婦が偶然持つてゐたとか、患者がその病院に置き忘れていつたとか、そんな奴でコクトオも讀みたがつてゐたんだ。
「スタヴロギンの告白」を君が數ヶ月前に「作品」に譯し出したのを見て、僕はすぐあの水色の表紙の小さな英譯本を思ひ出した。一高時代だつた。よく二人で本郷から日本橋の丸善や白木屋(その頃洋書部があつた)へ散歩がてら行つたものだつたね。あの頃、買ひたくて、どうも高かつたりして買へなかつた本のなかに、その水色の小型な「スタヴロギンの告白」もあつた筈だ。しかし買へたところで、全部讀み通せはしなかつたかも知れないがね。――それきりすつかり忘れてゐたが、數年後、芥川さんの書庫を整理してゐるとき、その水色の表紙をした小…

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