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ヴェランダにて
ヴェランダにて
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「新潮」1936(昭和11)年6月号
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-04-02 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一九三五年晩秋。或高原のサナトリウムのヴェランダ。二人の患者の對話。
A 君はよくさうやつて本ばかり讀んでゐられるなあ。
B うん。どうも書くことを禁ぜられてゐると、本でも讀んでゐるより他に時間のつぶしやうがないからね。しかし、かうやつて本でも讀みながら、それとなく次の仕事のことでも考へてゐるうちが、僕等には一番愉快なのだよ。
A その本は何だい?
B これか。これはジャック・リヴィエェルの「フロオランス」といふ小説だ。これを書きかけで、この可哀さうな男は死んでしまつたのだ。
A リヴィエェルつて「エテュウド」を書いた奴かい?
B うん、あいつだ。あの「エテュウド」を飜譯した連中に云はせると、リヴィエェルなんていふのはまるで希臘神話の中の龜みたいな奴で、生れつき飛べないくせに自分でも飛ばうとして、鷲かなんぞに引張り上げて貰つたが、途中で墜落してしまやあがつたと云ふのだが、――ほら、そんな繪があの本の表紙についてゐたらう? ――隨分怪しからんことを云ふと思つて、すこしリヴィエェルが可哀さうになつてゐたが、どうもこの「フロオランス」なんか讀んでゐると、それも半ば肯定したくなつてくるね。……僕はずつと前から、この「フロオランス」といふ小説の草案のやうなものだけは知つてゐた。隨分面白いものになりさうで、大いに期待してゐた。それがやつと今年の春に――リヴィエェルが死んでからもう十年になるが、――單行本になつたので、早速取り寄せて貰つたのだが、讀んでみたら草案なぞで想像してゐたのとはまるつきり違ふ。期待が大きかつただけ、それだけ失望も大きいのだ。
A そんなにつまらないのかい?
B うん。つまらないと云へばつまらないけれど、さう簡單にも片づけられないね。ただ、どうも僕の想像してゐたのとまるつきり違ふんでね。どう違ふかといふと、その草案などで見ると、リヴィエェルは非常に小説らしい小説――例へばメレディスみたいな客觀的小説を書きたがつてゐるのだね、少くとも讀者を「リヴィエェルではない何物かの眞中に投ずる」やうな小説を意圖してゐる、――が、出來上つたものは、いや出來上りかかつてゐたものは、まるで論文みたいな小説なんだ。どこまでもリヴィエェルがつき纏つてゐる。「エテュウド」の臭ひがする。これはエテュウド・プシコロジックか。……しかし、途中でつまらなくなつて何度もはふり出さうと思ふんだが、それでもやつぱり最後までかうやつて讀んでゐる。何が僕にこの本を棄てさせないのかしらと、讀むのに倦いては考へて見るんだが、そんな時にひよつくり死を前にしながらこの小説を書いてゐるリヴィエェルの悲痛な姿が浮んでくることがある。……。僕は前に彼の妹の書いた囘想記を讀んだことがあるんだ。それに據ると、リヴィエェルは死ぬ一年ばかり前にこの仕事にとりかかつてからと云ふもの、それまで長いことすつかり失つてゐ…

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