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父の怪談
ちちのかいだん
作品ID48023
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」 河出書房新社
2004(平成16)年1月30日
初出「新小説」1924(大正13)年4月
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-05-28 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今度はわたしの番になった。席順であるから致し方がない。しかし私には適当な材料の持ち合わせがないので、かつて父から聴かされた二、三種の怪談めいた小話をぽつぽつと弁じて、わずかに当夜の責任を逃がれることとした。

 父は天保五年の生まれで、その二十一歳の夏、安政元年のことである。麻布竜土町にある某大名――九州の大名で、今は子爵になっている――の下屋敷に不思議な事件が起こった。ここは下屋敷であるから、前藩主のお部屋さまであった婦人が切髪になって隠居生活を営んでいた。場所が麻布で、下屋敷であるから、庭のなかは可なりに草ぶかい。この屋敷でまず第一に起こった怪異は、大小の蛙がむやみに室内に入り込むことであった。座敷といわず、床の間といわず、女中部屋といわず、便所といわず、どこでも蛙が入り込んで飛びまわる。夜になると、蚊帳のなかへも入り込む、蚊帳の上にも飛びあがるというのでそれを駆逐する方法に苦しんだ。
 しかし最初のあいだは、誰もそれを怪異とは認めなかった。邸内があまりに草深いので、こんな事も出来するのであるというので、大勢の植木屋を入れて草取りをさせた。それで蛙の棲み家は取り払われたわけであるが、その不思議は依然としてやまない。どこから現われて来るのか、蛙の群れが屋敷じゅうに跋扈していることはちっとも以前とかわらないので、邸内一同もほとほと持て余していると、その怪異は半月ばかりで自然にやんだ。おびただしい蛙の群れが一匹も姿をみせないようになった。
 今までは一日も早く退散してくれと祈っていたのであるが、さてその蛙が一度に影を隠してしまうと、一種の寂寥に伴う不安が人々の胸に湧いて来た。なにかまた、それに入れ代るような不思議が現われて来なければいいがと念じていると、果たして四五日の後に第二の怪異が人々をおびやかした。それは座敷の天井から石が降るのであった。
「石が降るという話はめずらしくない、大抵は狸などがあと足で小石を掻きながら蹴付けるのだが、これはそうでない。天井から静かにこつりこつりと落ちて来るのだ」と、父は註を入れて説明してくれた。
 石の落ちるのは、どの座敷ときまったことはなかったが、玄関から中の間につづいて、十二畳と八畳の書院がある。怪しい石はこの書院に落ちる場合が多かった。おそらく鼬か古鼠の所為であろうというので、早速に天井板を引きめくって検査したが、別にこれぞという発見もなかった。最初は夜中にかぎられていたが、後には昼間でもときどきに落ちることがある。石はみな玉川砂利のような小石であった。これが上屋敷にもきこえたので、若侍五、六人ずつが交代で下屋敷に詰めることになったが、石は依然として落ちてくる。そうして、何人もその正体を見とどけることが出来ないのであった。
 勿論、屋敷の名前にもかかわるというので、固く秘密に付していたのであるが、口の軽い若侍らがおしゃ…

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