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釘抜藤吉捕物覚書
くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
副題09 怨霊首人形
09 おんりょうくびにんぎょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「一人三人全集Ⅰ時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」 河出書房新社
1970(昭和45)年1月15日
入力者川山隆
校正者松永正敏
公開 / 更新2008-07-31 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      一

 がらり、紅葉湯の市松格子が滑ると、角の髪結海老床の親分甚八、蒼白い顔を氷雨に濡らして覗き込んだ。
「おうっ、親分は来てやしねえかえ、釘抜の親分はいねえかよ。」
 濛々と湯気の罩った柘榴口から、勘弁勘次が中っ腹に我鳴り返した。
「なんでえ、いけ騒々しい。迷子の迷子の三太郎じゃあるめえし――勘弁ならねえ。」
「や、そう言う声は勘さん。」甚八は奥の湯槽を透し見ながら、「へえ、藤吉親分に御注進、朝風呂なんかの沙汰じゃあげえせん。変事だ、変事だ、大変事だ!」
「藪から棒に変事たあ何でえ。」
 言いさす勘次を、
「勘、わりゃあすっ込んでろ。」
 と睨めつけた藤吉、
「変事とは変ったこと、何ですい?」
 首きり湯に漬ったまま、出て来ようともしないから、表戸の甚八、独りであわてた。
「見たか聞いたか金山地獄で、ここじゃあ話にならねえのさ。岡崎町の桔梗屋の前だ。親分、せいぜい急いでおくんなせえ。」
「あいよ。」藤吉はうだった声。「人殺しか、物盗か、脅迫か詐欺か、犬の喧嘩か、まさか猫のお産じゃあるめえの。え、こう、口上を述べねえな、口上をよ。」
「桔梗屋の前だ。あっしゃあ帰って待ってますぜ。」
 格子戸を閉切ると、折柄の風、半纏を横に靡かせて、甚八、早くも姿を消した。
「あっ、勘弁ならねえ。行っちめえやがった。」
 こう呟いて勘次が振り返った時、藤吉はもう上場に仁王立ちに起って、釘抜と異名を取った彎曲った脚をそそくさと拭いていた。
「烏の行水、勘、早えが勝ちだぞ。」
「おう、親分、お上りでごぜえますかえ。」
「うん。ああ言って来たんだ。出張らざなるめえ。」
 顔見識りの朝湯仲間、あっちこっちから声をかけるなかを黙りこくった八丁堀合点長屋の目明し釘抜藤吉、対の古渡り唐桟に幅の狭い献上博多をきゅっと締めて、乾児の勘弁勘次を促し、傘も斜に間もなく紅葉湯を後にした。
「冷てえ雨だの。」
「あい、嫌な物が落ちやす。」
 慶応二年の春とは名だけ、細い雨脚が針と光って今にも白く固まろうとする朝寒、雪意しきりに催せば暁天まさに昏しとでも言いたいたたずまい、正月事納の日というから二月の八日であった。遅起きの商家で、小僧がはっはっと白い息を吐きながら大戸を繰っていたり、とある家の物乾しには入れ忘れた襁褓が水を含んでだらりと下って、それでも思い出したようにときどきしおたれ気にはためいていたりした。
 京の紅染めの向うを張って「鴨川の水でもいけぬ色があり」と当時江戸っ児が鼻を高くしていた式部好みの江戸紫、この紫染めを一枚看板にする紺屋を一般にむらさき屋と呼んで、石町、中橋、上槇町、芝の片門町など方々にあったものだが、中でも老舗として立てられて商売も間口も手広くやっていたのが岡崎町も八丁堀二丁目へ寄った桔梗屋八郎兵衛、これは日頃藤吉も親しくしている家、合点小路から海老床へ抜けるとつい…

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