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好色破邪顕正
こうしょくはじゃけんせい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集」 ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日
初出「現代」1928(昭和3)年6~8月
入力者川山隆
校正者宮城高志
公開 / 更新2010-06-25 / 2014-09-21
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

探偵志願

 戸針康雄は、訪問者が丑村という刑事であることを知るなり、ぎくりとして、思わずも手にして居た新聞紙を取り落した。不吉な予感が、彼の手を麻痺せしめたからである。
 刑事は、す早く身を屈めて、康雄の落した新聞紙を拾い上げ、
「おお、やっぱり、ゆうべの殺人事件の記事を御読みでしたか。実は、私が御たずねしたのも、この事件に就てで御座います」
 康雄は更にはッとして顔色を変えた。が、つとめて平静を装って、
「と仰しゃると?」
 と、無理に怪訝そうな眼つきをした。
 その眼付を刑事はじっと見つめて、
「新聞に書いてありますとおり、殺されたのは、メトロ生命保険会社社員大平八蔵氏ですが、その宅は、富倉町三十二番地です」
「それがどうしたというのですか」と、康雄はいらいらしながら、憤慨の語調をまじえて言った。
 刑事は、あたりを見まわし、声をひくめて、
「こうした話はなるべく他人に聞かれたくありませんから、若し御差支なくば……」
「こちらへ御はいり下さい」
 と、康雄は刑事を請じ入れ、やがて二人は応接室で対坐した。夕暮に近づいたせいか、室内は薄暗くなりかけたが、康雄は面はゆい気がしたので、電灯をつけようとしなかった。刑事はやさしい口調でたずねはじめた。
「昨晩あなたは、殺人事件のあった富倉町を御通りにはなりませんでしたか」
 康雄は、ぐさと、短刀で胸をさされる思いをした。
「私は富倉町が何処だか知りません」
 取り敢えずこう答えて、丑村刑事はどうしてそのことを知ったであろうかと考えると、康雄ははたと思いあたることがあった。刑事は言葉を続けた。
「あなたは昨晩珍しい古本を御買いになりましたでしょう」
 果して、と康雄は思った。
「好色破邪顕正という書籍、その新聞紙の包みが、ちょうど、殺人事件のあった大平氏宅の前に落ちて居たのです。今朝拾得の届出があったものですから、すぐさま手分けして市内の古本屋を調べさせると、袋町の古泉堂で、昨夜あなたが御求めになったのだとわかりました」
 康雄はもう隠しても駄目だと思った。けれども、あの美しい疑問の女については語ってはならぬと思った。いわば自分の初恋の女を恐ろしい殺人事件の渦中に引き入れたくなかった。珍本の出現によって得られた安心は、恋人にふりかかって居る運命を危惧するの念に置き換えられて行った。
「私の通った町が富倉町であるかどうかは知りませんが、丸太町の辺を通って来たことは事実です」
「それは何時頃だったでしょうか」
「はっきり覚えて居りません」
「あなたは古泉堂から、すぐさま御宅へ御帰りになりましたか」
「いいえ、途中、新栄町の芳香亭へ立寄って帰りました」
「芳香亭を御立ちになったのは何時でしたか」
「よく覚えて居ませんが十一時過ぎではなかったかと思います」
 覚えて居ないどころか、はっきり覚えて居たに拘わらず、彼はこう答え…

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