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国府台
こうのだい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-14 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

烟分二遠樹一幾層横。脚下刀河晩忽明。捲レ地風來枯葉走。伯勞吐レ氣一聲々。
 苦吟漸く成る。何となく、うれし。ひとりにて飮む酒も、一種の味を生ず。詩は、よかれ、あしかれ、出來れば、うれしき也。苦しめば、苦しむほど、猶ほうれしき也。
 余は、國府臺の上、掛茶屋に腰かけ、杯を手にして、夕べの景色を眺め入れる也。ふと思ふに、この詩は、四つの俳句を一つの詩に集めたるやうなり。一つ俳句になほして見むとて、
一峯の數峯になりて時雨れけり
落葉して武藏野遠し水明り
飛ぶ鳥を追ひこす山の落葉かな
伯勞鳴くや石の地藏の首が無き
 よかれ、あしかれ、ともかくも、出來上りたり。我が生みたる子が醜ければとて、憎む人はあらじ。醜ければ、なほ更、不便に思ふべし。されど、物事には、程度あり。親は、概して子の愛に溺れて、所謂親馬鹿ちやんりんとなるが如く、藝術家でも概して親馬鹿的なるこそ、傍痛きことなれ。
 國府臺の國府臺とも云ふべき處は、兵營に占領せられたり。こゝは、小利根川と離れむとする臺の一端、四年前に開かれて、公園となりたる也。西方三四里の外に、東京市あれど、目立つは、たゞ凌雲閣と幾百の煙突が吐く烟と也。斜日、陰雲の中に入りたるが、雲をそむるほどには沈まず。遠き處は、早や暮煙低く横はる。一つに連なりし遠林、烟に分れて幾段にも見ゆ。小利根川、近く前を流る。冬の事とて、水落ち、洲出づ。見る/\、川が忽ちばつと明かになりぬ。斜陽が水を射る角度の具合にて、斯く明かになる也。赤に非ず、黄に非ず、白にあらず、唯[#挿絵]明かといふより外なし。山紫水明とは、平生唯[#挿絵]文字上に知りて、晩方になれば、水があかるくなるならむ位に思ひたるが、今はじめて、實際見て、その妙趣を知りぬ。『水明』とは、言ひ得て妙なるかなと、ひそかに感歎す。何處やらにて、伯勞鳴く。きび/\して、氣持よき聲也。
 余の思ひは、四百年の昔に馳せぬ。里見氏は、前後二度こゝにて北條と戰ひて、二度とも大敗せり。敗れたるが故に、云ふに非ず。こゝは、守るには不利なる地也。鎌倉の如きも、三方は山に圍まれ、一方は海に面して、要害のやうなるが、實は要害にあらず。前北條氏の末路以來、鎌倉に據りしものは、前後何人となく、みな破られたり。鎌倉は、守り口、七つもあり。多くの兵を要す。もしも一つの口が破れしならば、本營は、忽ち嚢中の鼠となる也。將棋さすにも、王を一方にとぢこもらせて、金將、桂馬、香車、二三の兵にて守れば、一寸完全なるやうなるも、こは、案外に、もろく敗る。それよりも、王を中央において、まさかの時は、どちらへでも、にぐるやうにするが、却つて安全也。鎌倉に據るは、この王が一隅にとぢこもるが如き也。國府臺は、鎌倉と異なりて、一方に小利根川をひかへたる武總平原中間の岡なり。房總の里見が武相の北條と戰ふには、必ず據りさうな處也。前に小利根川あるは、都合…

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