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千葉夜行記
ちばやこうき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-22 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

夜光命も、十口坊も、第一回の夜行に閉口したりけむ、千葉に向つて第二回の夜行を爲したる時は、來り會せざりき。
 同勢五十有二人、本所江東橋畔なる第三中學校の門前に相會し、午後七時半を以て發足す。東京より千葉まで、十里と稱す。陽春四月、寒からず、暑からず、遠足には誂向の好時節、唯[#挿絵]月は無かりき。
 殿軍の幹部には、畫家の岡本一平氏加はりて、異彩を放てり。晩食せざりしにや、蕎麥屋に飛込むものなどありて、幹部よりもおくれたりしが、それも後の雁やがて先になりて、江戸川を打渡り、市川の町をも過ぐ。もう落伍者は無かるべしと思ひの外、息を切らして走りくる少年あり。苗字を問へば『長瀬』、年を問へば『十六歳』といふ。『如何にして斯くは後れたるぞ』と問へば、『三四人一と群れとなり居りたるが、いづれも草鞋を買はむとて、一店に入る。普通一般、草鞋は直ぐ穿けるやうに仕立ててあるものなるに、こゝの店にては、二條の紐が眞直になり居るまゝ也。店主が仕立てて呉れるを、我れ先にと早く買ひたるものは、早く發足す。余は一番あとに取殘されたれば、斯くおくれたるなり』といふ。『旅は路伴れ世は情といふに、さても路伴れの甲斐もない人達かな』とて、少年をいたはれば、少年なつかしがりて、裸男に寄り添ふ。『しかし君、そこが旅の修業なり。人を怨むべきに非ず。妄りに先を爭ふべきにもあらざるが、若し人に後れざらむとならば、なぜ自から仕立てざるぞ。指を銜へて店主の仕立つるを待つは、迂闊も亦甚しからずや』と勵ましつゝ行くに、『この黒いものは何ぞ』と少年叫ぶ。見れば、地上に黒物蜿蜒たり。提燈さしむくるより早く、岡本氏微笑しながら、『何だ、前行者が歩きながら小便したるなり』といふに、一同覺えず、どつと笑ふ。
 中山を過ぎて、船橋にいたる。八兵衛の名に負ひたる成田參詣道中の温柔郷なるが、夜ふけたれば、寂として管絃の音も聞えず。大神宮の石段を上りて休息し、一同握飯を食ふ。午後十時に至りて發足す。
 馬加を過ぎ、檢見川を過ぎ、右手に海を見るに及びて、頓に目覺むる心地す。顧みれば、空一面に赤く、恰も遠方の火事の如し。されど火事には非ず。さすがは東京なり。滿都の電燈の光、七八里隔たりても、斯ばかり明かに見ゆる也。行手は唯[#挿絵]眞つくらにて、千葉の所謂『光』は見えざれども、最早遠からず。裸男少年に向つて、『これから千葉まで走らずや』と云へば、『走らむ』といふ。さらばとて、共に走る。凡そ十町ばかりも走りけむ、『先生やめて下され。さつき走りし疲れもあれば、もう走れず』といふに、走ることを止めて、殿軍と一所になり、千葉の町に入りて、定めたる旅店に著きしは、恰も午前四時、最先着者より後るゝこと二時間也。
 朝食の後、裸男演説して、一同ひと先づ解散す。更に幹部、其他の有志と共に千葉中學校に至りて演説す。師範學校の生徒も來り聽けり。千葉中…

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