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クロオデルの「能」
クロオデルの「のう」
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「文藝復興」1937(昭和12)年7月1日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-04-02 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ポオル・クロオデルが日本に滯在中に書いた「日のもとの黒鳥」(L'Oiseau Noir dans le Soleil Levant)といふ本も、ときどき取り出して見てゐる本の一つである。この本の題名に使はれてゐる何か象徴的な感じの黒鳥といふのは、實はクロオデルの洒落なのださうだが、そんなところもなかなか好ましい。いろいろ好い論文や小品が集められてゐるが、僕が屡[#挿絵]この小さな本を手にすることのあるのは、大抵はそのなかの「能」といふ小論文を讀みかへすためである。

「劇とは何事かが到來するものであり、能とは何びとかが到來するものである」といふ彼らしい莊重な定義をいきなり冒頭に置いてから、クロオデルは、先づ、橋懸りと本舞臺とからなる舞臺の説明から始め、それから能の音樂――囃子と地謠と――を紹介する。それらの囃子の中で、あの哀調に充ちた笛を「過ぎゆく時間の我々の耳に對するときをりの轉調、演者の背後での時間と瞬間との對話」であると言つてゐるなどは面白い。又、地謠――これは、ギリシヤ式の合唱(Le Ch[#挿絵]ur)と云ふ言葉を使つてゐるが――は筋には關與せずに、單にそれに非人格的な註釋をつけ加へるものだと紹介してゐる。それは過去を語り、風景を敍し、イデエを展開させ、登場人物を説明し、詩又は歌曲によつて應答する。「それは物語る彫像の傍らにうづくまつたまま、夢み、私語するのである。」

 さて、次に登場人物が説明されてゐる。それは二人きりである、即ちワキとシテである。そのいづれも一人か數人のツレを伴つてゐることもあり、又、ゐないこともある。
 ワキは凝視し、待ちうけてゐる者である。彼は決して面をかぶらない。彼は普通の人間なのである。
 舞臺はワキの出によつて、靜かに始まる。正面までしづしづと出てきたワキは、我々に向つて、名乘りを上げる。例へば、諸國行脚の僧などである。それから彼はワキ座につく。そして橋がかりの方へ目を据ゑて、彼は待つてゐる。
 彼が待つてゐる、と何びとかが現はれてくるのである。
 神、英雄、仙人、亡靈、鬼など――シテはいつも見知らぬものの使者である。そしてそれに準じて彼は面をつけるのである。それはワキに自分を發いて呉れるやうにと歎願する、覆ひ隱れた、祕密な何物かである。その歩き方と所作は、それを引きつけそれを彼の想像地帶に囚へたままにしてをるところの、ワキの眼差しの函數である。例へばそれは、その亡靈がその殺害者に一歩々々近づかうとする、殺された女などである。――ワキは、長い間、彼女の上に目を据ゑてゐる、看客は彼を見守つてゐる、彼は目ばたきさへしてはならない。……ワキは尋ねる、シテは答へる、地謠が註釋する。そしてこの面をかぶつた、悲愴なる來者は彼をそんな風に來らしめた者に、涅槃をもたらす。そして彼(シテ)は音樂でもつて、像と言葉との圍ひを組み立てる…

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