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房州紀行
ぼうしゅうきこう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-30 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

江山の姿、とこしなへに變ることなくして、人生の遭逢、竟に期すべからず。曾て房州に放浪して、菱花灣畔に、さゝやかなる家を借り、あびきする濱邊に出でて、溌剌たる鮮魚買ひ來りては、自から割き、自から煮て、いと心安き生活を送り、時には伴れだちて、城山の古城址に興亡の跡を訪ひ、延命寺の古墳に里見氏の昔を弔ひ、富山を攀ぢ、清澄山に上り、誕生寺を訪ひ、洲崎辨天にまうで、行き暮れて白須賀灣頭の月に臥し、夜ふけて鋸山上の古寺に白雲と伴ひて眠るなど、形體を波光山影の間に忘れて、虚心江上の白鴎に伴ひし當年の遊蹤、猶ほ昨日の如きに、同じく遊びしもの、今四散す。一盃を共にせむとして、また得べからず。品川海上より天邊一髮の青螺を望む毎に、覺えず愴然として涙下る。
 この三年の間、同じ窓に學びし友の、一半は地方に別れ行き、都に殘れるものも、相逢うて胸襟を開くこと稀なれば、暇ある時を擇びて、二日三日、共に江湖の外に優遊して、積もれる思ひを吐きつくさばやとて、羽衣、烏山二子と共に、かれこれ其の遊ぶ處を議したる末、遂にわれ東道の主人となりて、房州にゆくことに決す。
 靈岸島より汽船に乘る。空くもりて、風寒き冬の朝なり。始めのほどは、寒きを忍びて、甲板の上に出でて、江山を指點しつゝ、連歌などなしゝが、やがて微雨至りければ、みな下る。浦賀に立ち寄りしほど、雨小やみせり。こゝより新たに乘りし一行の客あり。男は豪商とおぼしく、その妻のまだ年若きが、顏はうるはしとにはあらねど、姿いと清楚なり。年老いたるは、その母にや。四十路ばかりなるは、その叔母にや。猶ほ僕とおぼしき人、ひとり從へり。室内には、座を占めむ餘地なければ、この一行みな甲板にのぼりゆきぬ。浦賀より房州にゆく舟路は、東京灣の口を横切ることなれば、浪あらく、舟うごくこと甚し。烏山は風邪の心地なりとて、一隅に身をちゞめ、羽衣は船暈の氣味なりとて、座に俯す。船はます/\動搖するほどに、これも船に醉ひたるにや、さきに甲板に上りたる年若き女、手巾もて口を掩ひながら、いと力なげに下り來たる。雨に惱む海棠、風に顰する女郎花、よその見る目もいたはし。男二人横臥せる間のしりへに、わづかに膝を容るゝばかりの餘地を求めて、顏を袖に埋めて俯す。その頻にせきあぐるを見て、かたへに腰かけたる男、船童をよびて、嘔くうつは持て來らしむ。器來たる。女すこしばかり嘔きしが、遂にえ堪へで、横臥せる男の脛を枕にして臥す。雨ます/\降りければ、甲板にありし人、みな下りしに、舟はやがて金谷につきぬ。上陸する人あるが中に、かの船暈に臥したる女、よろよろと立ちあがり、裾さばきもしなやかに、その姑とおぼしき人の手をとりて、船の出口に導く。そのさまいと苦しげなり。やがて歸り來りて、叔母とおぼしき人を伴ひてゆきしが、また獨り歸り來りて、席に伏して、いたく嘔く。あはれ、船に醉へる嫁の、わが體は立たざ…

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