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三里塚の桜
さんりづかのさくら
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-18 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

夜光命の手には四合入の瓢箪、裸男の手には三合入の瓢箪、誰の目にも其れと知らるゝ花見と洒落たり。
 大塚驛より日暮里驛までは電車、日暮里驛にて水戸行の汽車を待合はす。同じく電車を出でて、同じく待合はす一人の囚人、看守に引かれて、プラツトホームの一方に孤立す。誰も之に近づくを避く。中には、『泥棒々々』とさゝやく者もあり。夜光命は先年電車事件の際、東京市民の爲に起ち、兇徒嘯集罪に問はれて、獄に下されしことありける身也。この語を聞きつけて、『世人は囚人を見れば、直ちに泥棒なりと思ふこそ情けなけれ』とて、同情に堪へざるさま也。なほ語を次ぎて、『巣鴨監獄より小菅監獄に移さるゝものなるべし』と云ひしが、果して北千住驛に下りぬ。小菅監獄を右方數町の外に見る。これ夜光命が二年半の歳月を過ごしたる處とて、感慨無量なるべし。見えずなるまで目送す。
 我孫子驛にて、佐原行の汽車に乘換ふると共に、辨當を買ひ、瓢酒を飮みながら、之を食ふ。我孫子の『あびこ』を始めとし、木下の『きおろし』、安食の『あじき』、松崎の『まんざき』など、この佐原線には、難訓の驛名少なからず。湖北とて、支那めきたる驛名もあり。布佐驛あたりにて、右に手賀沼の一部分を望み、左に利根川をちらと見る。安食驛に至りて、右に印旛沼の大部分を望む。松崎驛を過ぎて、印旛沼と別るゝかと思ふ間もなく、成田驛に著き、多古行の輕便鐵道に乘換へて、三里塚驛に下る。
 不動の成田と仁王の芝山との中間、成田よりも三里、芝山よりも三里の標石ありたれば、三里塚と稱せりと聞く。實は芝山より二里強、成田より二里弱也。數方里の地御料牧場となれるが、その中心の三里塚附近は、この頃櫻の名所となれり。櫻樹の數、實に三萬五千本と稱す。驛を出でて、一二町にして土手に突當る。牧場の一部にて、土手の中に半開の櫻花列を爲す。左折すること二三町にして、右に牧場事務所の門を入れば、庭に一株の老櫻あり。花いまだ開かざるが、幹は二抱へもあるべく、四方八方に枝を張りて、恰も傘の如し。老櫻とは、名づけ得て當れり。低けれども、見事なる老木也。
 門を出でて進みゆくに、十字街を爲せる處より、人家兩側に連なる。新開の寂しき町なれど、宿屋もあり、飮食店もあり。家毎の前に、桶を置く。大さ凡そ四斗樽ぐらゐ、黒く塗りて、擔げるやうに綱をつく。水、其の中に滿てるが、いたく濁れり。飮用水とは見えず。火災に備ふるにやなど語り合ひつゝ、五六町にして、町はづれに至る。後より芝山行の空馬車來りけるが、御者車を停めて、乘らむことを勸む。『仁王の參詣者に非ず。唯[#挿絵]花見に來りたるなり』といへば、御者また強ひず。『この路を進めば、櫻ありや』と問へば、『有るには有れど、見るに足らず。今少し行きて、左折し、更に左折したる處は、九年畑とて、櫻多し』と、幾度も同じことを繰返す。年は五十を越えたるべく、長くして品の…

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