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春の筑波山
はるのつくばさん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-30 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

追羽子をつくばの山に上らむと思ひたちしは、明治二十四年の夏、富士山にのぼりし時の事なるが、荏苒たる歳月、つくばねの名に負ひて、ひい、ふう、みい、よ、いつ、六歳を數へ來て、都は春の風吹き、山色翠を添ふる今日この頃、少閑を得て、遂に程に上る。
 横山達三、澤田牛麿の二子、午前五時迄に來りて余を誘ふ筈なれば、寢過ごしてはならずと、心して寢たれど、曉を覺えずといふ春眠いぎたなく、六時にいたりて、やつと眼覺めたり。これは大變と、飛び起きて、冷飯かき込み、行裝とゝのへて、これでよいと待てば、二子生憎來たること遲し。待つ身のつらさに、一絶を呻り出す。
此去春風二百程。青鞋好欲レ趁二新晴一。待レ君未レ至坐敲レ句。籬外流鶯時一聲。
 詩成ると共に、二子至る。連日の雨は霽れたれど、空はくもりて、風寒き春の朝なり。千住、松戸を經て、我孫子まで徒歩し、そこより汽車に乘る。大利根を過ぐれば、筑波山近く孱顏を現はし、秀色掬すべし。一絶を作る。
又拭二涙痕一辭帝城一。江湖重訂二白鴎盟一。天公未レ使二吾儕死一。到處青山含レ笑迎。
 土浦にて汽車を下る。一帶の人家、霞ヶ浦に接す。白帆斜陽を帶びて、霞にくれゆく春の夕暮いとあはれなり。笹本といふ旅館に一泊す。
 明くれば、四月六日なり。路を北條に取り、神郡村を通りこせば、筑波山直ちに面に當りて屹立す。雙峰の天に聳ゆるを馬耳に譬ふるは、已に陳腐なり。強ひて此山を形容すれば、蝦蟇の目を張つて蟠るに似たりともいふべき乎。筑波の市街は、山腹、即ち蝦蟇の口の上に在りて、層々鱗次す。當年士女が此に來りて蹈舞せし歌垣の名殘は、今も絶えずして、筑波祠前に六箇の妓樓あり。旅館はわづかに三戸に過ぎず。春の日永の晝寢にもあきたるにや、遊女二三人、紐帶のしどけなき姿して樓前に草摘むも、山なればこそ。即興一句を賦す。
のどけさや傾城草つむ山の上
 三軒の旅館、江戸屋尤も大なれども、結束屋眺望尤も好し。結束に小憩して、まづ女體山の道を取る。祠前に掛茶屋の老爺、余等を呼びとめて、拜殿より左へ男體山に上りて、女體山より下らるゝが順路なりといふ。その老實なる心ばかりは汲みたれど、戯れに、女の方が善いと笑ひすてて上る。半分ばかり上りたらむと思ふ處に、忽ち頭上に嬌聲あり。云ひし言葉はわからねど、鋭く耳に徹す。筑波の女神の影向にやと、仰ぎ見れば、美婦、岩頭に立てり。傍に掛茶屋あり。『休んで行け』といふ。休みてまた上る。今一つ掛茶屋あり、こゝには老夫と少女と二人あり。是より峯脈をつたうて女體山に至る迄、八九町の間、巨巖磊々として、一々其名あり。曰く、天の岩戸扇石、一名辨慶七戻り、高天の原、紫雲石、天の岩戸胎内潜り、國割石、神樂石、大黒石、北斗石、寶珠石、大神石など是れなり。木橋あり、天の浮橋といふ。皆馬鹿げたる名なり。其中にて、出船入船と名付けたるは、稍[#挿絵]氣の利きたる名づけ方也…

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