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刑余の叔父
けいよのおじ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「石川啄木全集 第三巻 小説」 筑摩書房
1978(昭和53)年10月25日
入力者林幸雄
校正者川山隆
公開 / 更新2008-11-07 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 一年三百六十五日、投網打の帰途に岩鼻の崖から川中へ転げ落ちて、したたか腰骨を痛めて三日寝た、その三日だけは、流石に、盃を手にしなかつたさうなと不審がられた程の大酒呑、酒の次には博奕が所好で、血醒い噂に其名の出ぬ事はない。何日誰が言つたともなく、高田源作は村一番の乱暴者と指されてゐた。それが、私の唯一人の叔父。
 我々姉弟は、「源作叔父様」と呼んだものである。母の肉身の弟ではあつたが、顔に小皺の寄つた、痩せて背の高い母には毫も肖た所がなく、背がずんぐりの、布袋の様な腹、膨切れる程酒肥りがしてゐたから、どしりどしりと歩く態は、何時見ても強さうであつた。扁い、膩ぎつた、赤黒い顔には、深く刻んだ縦皺が、真黒な眉と眉の間に一本。それが、顔全体を恐ろしくして見せるけれども、笑ふ時は邪気ない小児の様で、小さい眼を愈々小さくして、さも面白相に肩を撼る。至つて軽口の、捌けた、竹を割つた様な気象で、甚[#挿絵]人の前でも胡坐しかかいた事のない代り、又、甚[#挿絵]人に対しても牆壁を設ける事をしない。
 少年等が好きで、時には、厚紙の軍帽やら、竹の軍刀板端の村田銃、其頃流行つた赤い投弾まで買つて呉れて、一隊の義勇兵の為に一日の暇を潰す事もあつた。気が向くと、年長なのを率れて、山狩、川狩。自分で梳いた小鳥網から叉手網投網、河鰺網でも押板でも、其道の道具は皆揃つてゐたもの。鮎の時節が来れば、日に四十から五十位まで掛ける。三十以上掛ける様になれば名人なさうである。それが、皆、商売にやるのではなくて、酒の肴を獲る為なのだ。
 妙なところに鋭い才があつて、勝負事には何にでも得意な人であつた。それに、野良仕事一つ為た事が無いけれど、三日に一度の喧嘩に、鍛えに鍛えた骨節が強くて、相撲、力試し、何でも一人前やる。就中、将棋と腕相撲が公然の自慢で、実際、誰にも負けなかつた。博奕は近郷での大関株、土地よりも隣村に乾分が多かつたさうな。
 不得手なのは攀木に駈競。あれだけは若者共に敵はないと言つてゐた。脚が短かい上に、肥つて、腹が出てゐる所為なのである。
 五間幅の往還、くわツくわと照る夏の日に、短く刈込んだ頭に帽子も冠らず、腹を前に突出して、懐手で暢然と歩く。前下りに結んだ三尺がだらしなく、衣服の袵が披つて、毛深い素脛が遠慮もなく現はれる。戸口に凭れてゐる娘共には勿論の事、逢ふ人毎に此方から言葉をかける。茫然立つてゐる小児でもあれば、背後から窃と行つて、目隠しをしたり、唐突抱上げて喫驚さしたりして、快ささうに笑つて行く。千日紅の花でも後手に持つた、腰曲りの老媼でも来ると、
『婆さんは今日もお寺詣りか?』
『あいさ。暑い事たなす。』
『暑いとも、暑いとも。恁[#挿絵]日にお前みたいな垢臭い婆さんが行くと、如来様も昼寝が出来ねえで五月蠅がるだあ。』
『エツヘヘ。源作さあ何日でも気楽で可…

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