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中野あるき
なかのあるき
作品ID48424
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-26 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




ことしは、雨の多き年なる哉。春多くふりたり。更に四月の始めに大雪ふりたり。六月に入りて、雹さへ降りたり。この具合にては、梅雨の候は、所謂虚梅雨なるべしと思ひしあても、外づれて、大いに降る。降らぬ日とても、陰にくもりて、いつ降り出すかもわからず、思ひ切つて散歩も出來ざりしが、一日、うけあひの天氣となりぬ。鬼の來ぬ間の洗濯、この雨あがりにとて、中野あたりさして、ぶら/\歩く。
中野に三重の塔あり。これ西郊の一名物也。杉の木立に圍まれたる中に、屹然として立つ。最上層の屋根やぶれ、たるき朽ち、下層の屋根には、草生ひ、欅の若木さへ生ひたり。古塔と云はむよりも、むしろ廢塔といふべく、余は、一種の詩趣を覺ゆるまゝに、常に好んで、散歩するにつれて之を訪へり。さきごろ訪ひし時は、二人の大工、木閣をくみたてむとす。聞けば、修繕せむとするなりといへり。その後、一と月あまりを經たり。修繕は、いかばかり捗りしかと、足もおのづから急がれて、來て見れば、修繕まだ其半ばにも及ばざるなり。もとは、第一第二の屋根は、瓦葺にして、第三の屋根は、そぎ葺きなりしが、この度は、石板に葺きかへむとするにや、塔前に石板多くつみかさねられたり。出來上らば、燦然として光るなるべし。されど、余が感じたりし詩趣は、また得べからざる也。石に腰かけ、煙草ふかして、しばし休息す。
 かへるさ、辨天飴の前を過ぐ。山本碧葉、余を見て、座に延く。辨天飴は、中野の一名物也。店頭の辨慶の木像古りて、これも一種の詩趣を帶びたり。碧葉は、俳句をよくす。去年の秋より相識れる仲也。頻に余をもてなし、終に短册を取出して、何か書けといふに、さらば、君の家の看板の辨天を讀み込まむとて、
梅雨ばれや店の辨天の像光る
古塔にて、共に何か句をつくらずやとて、
廢塔のあせし丹塗や夏木立    碧葉
晝顏に拾ふ古塔の瓦哉      同
われは、
杉の根に塔を見上げて凉む哉
 日光の力衰へたりとて、簾をまけば、神田川の支流なる小川、さら/\流る。斜日若葉を洩れて、水に落ち、所謂水明の觀を呈す。石榴の花もさきたり。この面白き光景に對して、一句なかるべからずとて、
早き瀬の夕日に光る若葉哉
(明治四十三年)



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