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季節の馬車
きせつのばしゃ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」 講談社
1966(昭和41)年8月19日
初出「季節の馬車」新潮社、1922(大正11)年7月
入力者川山隆
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-11-15 / 2014-09-21
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

  飛雄する東部亞細亞人の爲めに

 われわれは今やらなければ駄目だ。東半球の太平洋の藝術家として、青青とした若い日本人として、あたらしい神神と民族との史詩や大きい祝祭の、精神的な戰ひを。そして殊に日本人が「飛雄する東部亞細亞人」のために、南部東洋の島島の娘等のために、又は北部亞細亞大陸の若者のために、まだヨーロツパ人の捉へる事の出來ない大太平洋の波濤のページに、あたらしい豪華な景觀と高遠なる史詩や劇詩を書き、日の出づる美の海洋線を清め、王政復古のやうに、昔の榮華を盛りかへし獨自の艤裝を凝らして世界の港へ出帆しなくてはならない。
 西部東洋の土耳古・阿剌比亞・波斯・印度等はヨーロツパにやられた。精神も神神も娘子供まで征服された。新月と黄昏の國は亡びた。しかし古いわれわれの荒磯や島や黒潮帶は犯されぬ。われわれは目が醒めた。早くヨーロツパの電線や瓦斯や機械をめいめいの感覺や精神からはづすがよい。そしてもう一度野生にかへつて[#「かへつて」は底本では「かへって」]太平洋を祭り、日と曙と波濤の中から、未來の善美や眞實なる藝術を生め! 日本はその冒險航海家の第一人者となる必要がある。それでなければ支那やフイリツピン人の下に立たなければならぬ。それでは駄目だ。この東洋の最端にゐるわれわれは海と嵐の荒磯の子だ。決して巷の漂流人や草原の牧羊者ではない。われわれは漁夫の子だ。百姓の船員の、そして太平洋の無名の靈の子だ。われわれはヨーロツパの教化を受けたくない。徒に外國語の説明者になりたくない。佛蘭西人の流派に從ひたくない。
 ほんとうにわれわれはやらなければ駄目だ。一代も二代も通して東洋文藝復古期をつくり、ヨーロツパと戰はなければ、東半球の南北にかけて、どんなに未知な靈と力とが、波濤と岩との間にかくれてゐるか、眞の黄金期が埋もれてゐるか。毎日の曙と花と天とを見てもすぐ感じられる筈だ。それでなくては大太平洋もこの蒼古な美しい國土もわれわれに與へられてはゐない筈だ。
 千九百二十二年夏
佐藤惣之助

  青艶

四月の朝燒けにすき透り眼を染めて
竹の林をあるくわかわかしい靜かなはなやかさ
うす紫の影を吹きわけいづる八重葎と春百合の
やはらかに風のわたる清らかな心地を
雨あがりの黄金のかがやきに照りみだされ
ぬれたる羽をふるひ眼の光りを洗ひ
いのちの滿々たる曙のほのほをかんじつつ
又は遠くあでやかなる人の眼ざめを思ひつつ
ほのかなる霧に浸されながら谿道を下る。

  色と影

僕はこの四月の村村の谿と濕地をつくる
いきいきしたものの色と影との反射を
洗ひたての肉體いつぱいの楯をもつて彩らう
うつくしい力とほのほとの自然の竈から
ふきぬけいづる情感と愛戀との
きよき爽かさにみちわたるこの名づけやうのない深いもの陰を
霧のやうなあたらしい水の智慧をもつて
あるひは夜の青みがもてる匂ひと…

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