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奉教人の死
ほうきょうにんのし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」 筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日
初出「三田文学」1918(大正7)年9月
入力者j.utiyama
校正者八木正三
公開 / 更新1998-06-14 / 2014-09-17
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

たとひ三百歳の齢を保ち、楽しみ身に余ると云ふとも、未来永々の果しなき楽しみに比ぶれば、夢幻の如し。
―慶長訳 Guia do Pecador―

善の道に立ち入りたらん人は、御教にこもる不可思議の甘味を覚ゆべし。
―慶長訳 Imitatione Christi―



 去んぬる頃、日本長崎の「さんた・るちや」と申す「えけれしや」(寺院)に、「ろおれんぞ」と申すこの国の少年がござつた。これは或年御降誕の祭の夜、その「えけれしや」の戸口に、餓ゑ疲れてうち伏して居つたを、参詣の奉教人衆が介抱し、それより伴天連の憐みにて、寺中に養はれる事となつたげでござるが、何故かその身の素性を問へば、故郷は「はらいそ」(天国)父の名は「でうす」(天主)などと、何時も事もなげな笑に紛らいて、とんとまことは明した事もござない。なれど親の代から「ぜんちよ」(異教徒)の輩であらなんだ事だけは、手くびにかけた青玉の「こんたつ」(念珠)を見ても、知れたと申す。されば伴天連はじめ、多くの「いるまん」衆(法兄弟)も、よも怪しいものではござるまいとおぼされて、ねんごろに扶持して置かれたが、その信心の堅固なは、幼いにも似ず「すぺりおれす」(長老衆)が舌を捲くばかりであつたれば、一同も「ろおれんぞ」は天童の生れがはりであらうずなど申し、いづくの生れ、たれの子とも知れぬものを、無下にめでいつくしんで居つたげでござる。
 して又この「ろおれんぞ」は、顔かたちが玉のやうに清らかであつたに、声ざまも女のやうに優しかつたれば、一しほ人々のあはれみを惹いたのでござらう。中でもこの国の「いるまん」に「しめおん」と申したは、「ろおれんぞ」を弟のやうにもてなし、「えけれしや」の出入りにも、必仲よう手を組み合せて居つた。この「しめおん」は、元さる大名に仕へた、槍一すぢの家がらなものぢや。されば身のたけも抜群なに、性得の剛力であつたに由つて、伴天連が「ぜんちよ」ばらの石瓦にうたるるを、防いで進ぜた事も、一度二度の沙汰ではごさない。それが「ろおれんぞ」と睦じうするさまは、とんと鳩になづむ荒鷲のやうであつたとも申さうか。或は「ればのん」山の檜に、葡萄かづらが纏ひついて、花咲いたやうであつたとも申さうず。
 さる程に三年あまりの年月は、流るるやうにすぎたに由つて、「ろおれんぞ」はやがて元服もすべき時節となつた。したがその頃怪しげな噂が伝はつたと申すは、「さんた・るちや」から遠からぬ町方の傘張の娘が、「ろおれんぞ」と親しうすると云ふ事ぢや。この傘張の翁も天主の御教を奉ずる人故、娘ともども「えけれしや」へは参る慣であつたに、御祈の暇にも、娘は香炉をさげた「ろおれんぞ」の姿から、眼を離したと申す事がござない。まして「えけれしや」への出入りには、必髪かたちを美しうして、「ろおれんぞ」のゐる方へ眼づかひをするが定であつた。さればおのづ…

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