えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

大へび小へび
おおへびこへび
作品ID49138
著者片山 広子
文字遣い新字旧仮名
底本 「燈火節」 月曜社
2004(平成16)年11月30日
入力者竹内美佐子
校正者富田倫生
公開 / 更新2008-12-20 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

 日本では蛇の昔ばなしがたくさんあるが、アイルランドの伝説にも蛇が多いやうである。同じやうに島国のせゐかもしれない。初めに私が読んだのはごく太古のこと、北方の山の湖水に劫を経た大蛇が、将来えらい人がこの国に来て蛇族全部を退治してしまふといふ予言をきいたので、さういふ災禍の来ない前に海に逃げてしまはうと思つて、一生けんめいに湖水から逃げ路を作り始める。行くみちみちで沿岸の家畜どもを喰ひ荒し、時々休息し、さうして又水路を掘る。いさましい人間どもが大蛇を攻撃してくるが、いつも人間の方が負けてしまふ。しかし大蛇も負傷したり殺されかかつたりして、永い月日を経て漸く海まで水路を通す。大蛇の作つた路がシヤノン河になつたといふ話である。
 そのえらい人といふのは聖パトリツクのことださうで、さて聖パトリツクの伝には、この聖者はローマの奴隷として少年の日を過したアイルランドを愛する心深く、自由の身となつて後ふたたびアイルランドに渡つてキリストの道を伝へたといふ事である。キリスト紀元五世紀ごろのこと、波にかこまれた島国は森と山と野はらと沼ばかりで住む人はすくなく、至るところに蛇がのさばつて、大きい蛇小さい蛇、中蛇、おろちの類までこの国を住家にしてゐた。聖者は一人の弟子と共にいろいろな困難と戦ひながら休むひまなく西に東に伝道してゐる時のこと、或る山かげのせまい道を通りかかると、道に蛇が寝てゐたが、めづらしくもないので弟子は跨いで通つた。蛇は忽ちをどり上がつて弟子を喰ひ殺してしまつた。聖者は、聖者といへども人間だから、この時までうつかり歩いてゐたのだつたが、大事な弟子を眼前に喰はれて、大いに怒つて「けしからん蛇のやつ! 退れ、退れ、汝のともがら、永久に消滅せよ」と叱りつけた。その殺人蛇はその時いそいでするすると消えてしまつたが、あらゆる蛇どもがこの時をきつかけに段々どこかに移転して行つたらしく、アイルランドはいつの間にか蛇の島ではなくなつた。むろん聖者の伝道のおかげでもあつたらう。(キリスト教と蛇とは仲がよくない)ドラゴンを踏まへてゐるのはイギリスの聖ジヨージで、アイルランドの聖パトリツクでないことは門ちがひみたいだけれど、大むかしはどこの国でも蛇が人間の大敵であつたと見える。
 後世になつてアイルランドの伝説には蛇でなく妖精が出てくるやうになり、お話はだんだん殺伐でなくなつた。人間も殖えて強くなつたのであらう。
 わが国の蛇の話も、はじめの方のは大きい。素戔嗚の尊が稲田姫を八岐の大蛇から救つた話はどこの国にもありさうな伝説である。その大蛇は頭と尾がおのおの八つあり、背中には松や柏が生へて体ぜんたいの長さが八丘八谷に這ひ渡つたといふから、相当の長さであつたと思はれる。ほんとうにそんな大きい物ならば稲田姫のおとうさんの家なぞにはいり込むことは出来なかつたらう、それが伝説なのである。
 …

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko